よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

「こ、これは……」
「どちらも竹光か……」
 外三郎は思いがけぬ展開にその場に棒立ちになったが、由右衛門はすばやく小刀を抜いて躍りかかり、外三郎の喉に刃をぴたりとあてがった。
「勝負あった」
 倒れたままの姿勢で無軒が右手を上げた。由右衛門は飛びしさると片ひざを突き、無軒に向かって一礼したが、外三郎はうつろな顔でいまだ立ち尽くしている。由右衛門の手にすがって立ち上がった無軒は、
「ふたりとも竹光だったとはな。――どういうことだ」
 しかし、両人とも答は持ち合わせていなかった。
「まあ、よい。――結城、この始末、いかがするつもりだ」
 外三郎は屈辱で紫に変じた唇を嚙(か)みながら、
「こ、この負けは真の負けにあらず。よし、竹光でなかったならば身どもが……」
「たわけ! わしは以前、結城と奈津野の腕は互角だと申したことがある。その見立ては今も変わらぬが、心のほうでは大きく差がついてしまったようだな。今から心を練り直す修行をせよ」
 外三郎はうなだれた。そして、由右衛門に向かって頭を下げ、
「五年まえの落石は義父(ちち)が勝手にしたことで、身どもの本意(ほい)ではなかったが、その結果のうえに今日(こんにち)まで胡坐(あぐら)をかいていたことはわが罪だ。貴公の五年間を無駄にしてしまった。深くお詫(わ)び申す。これより国表(くにおもて)に戻り、ご家老にありのままの真実を申し上げ、剣術指南役を退く所存。そののちのことは殿よりのご沙汰を待ち申すゆえ、平にご容赦くだされ」
 由右衛門はゆっくりとかぶりを振り、
「拙者は、五年まえのことも今日のこともご家老はじめどなたにも言う気はないし、再出仕するつもりも指南役になるつもりもない。今までどおり指南役を続けられよ」
「――え?」
「もし、あの落石がなければどちらが勝っていたのか知りたかっただけのこと。それに、おぬしは今、拙者が五年間を無駄にしたと言うたが、そんなことはない。これからは動乱の時代となろう。そのとき百姓や町人にも武芸が必要となる。――箍(たが)の緩んだ武士を相手にするより、百姓や町人相手に稽古をつけるのは面白いものだぞ」
 由右衛門はにこりと笑った。森山無軒が、
「おまえたちは同じころにわしに入門し、同じように修行を積み、同じように腕を上げた友人ではないか。そろそろ仲直りをして、たがいに励みあうことにしてはどうだ」
 由右衛門は、
「先生がそうおっしゃるならば、拙者に否やはありません。――結城さえよければ、ですが」
 外三郎は涙にうるんだ目を由右衛門に向けて、
「身どもを許してくれるのか」
「もちろんだ。今日でひと区切りがついた。ご新造(しんぞう)によろしくお伝えいただきたい。――ところで、結城、拙者が持っていたこの竹光だが、今の今までまるで気づかなかった。おぬしがすりかえたのだな」
「そうだ。竹光屋雀丸(すずめまる)という男に作らせ、元盗賊に命じてすりかえさせた。だが、それがしのにゃん竜まで竹光だったとは……」
「それもまた雀丸の作なのだな。その男、先日うちを訪ねて参り、拙者をわざと怒らせて犬雲を抜かせよった。あの刹那に刀の拵(こしら)えをなにからなにまで見て取り、かかるものを作るとはたいした腕だな」
「稀代の名人だ」
「犬雲とにゃん竜出会うときは凶事起こる、というが、竹光でよかった。――この二刀は拙者が預かり、雀丸に返すとしよう」
 そう言うともう一度師に頭を下げ、境内を出ていった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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