よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

「貴様ら、昼日中、天下の往来において、大勢で白刃をふりかざし、喧嘩口論いたすとはもってのほか。双方、刀を引け」
 さすがに谷町一家も動きをとめたが、長脇差は下ろさない。皐月同心は六郎七をにらみつけ、
「六郎七、おまえはお上(かみ)から十手を預かる身ではないか。それがなんだ、かかる騒ぎを引き起こすとは……おのれの務めをわきまえよ!」
 六郎七は、相手が町方同心と見てとると、裂けた着物がはだけて胸から腹、褌(ふんどし)までが露出するのもかまわず揉み手をしながら、
「へっへへ……旦那、わしが悪いのやおまへんのや。今度のことはなにもかも、この口縄の鬼御前というやつが悪いんだす。女だてらにヤクザの真似事しとるだけやなく、刀を盗んだ盗人を二階に匿うとるさかい、そいつを召し捕りに来たところが、刃物を持ち出して逆らいよったので、わしもしかたなしに応じまして……それでちいっとばかり騒ぎになった、ゆうわけでおましてな……」
「嘘を申せ。わしの目はごまかせぬぞ。貴様は旅人の件にかこつけて鬼御前に難癖をつけて喧嘩を売り、その縄張りをおのれのものにせんと企んでおるのであろう」
「なにをおっしゃいますやら。わしも十手を預かる身。そんなせこいことはいたしません。世のためひとのためお上のために、いつも働かせてもろとります。この女は、ここらあたりでは嫌われ者のごく潰し、近所のものがいつも迷惑しとることをわしもよう知っとります」
「さようか。わしの聞いたところでは、貴様のほうが、ここいらの商家から金をせびりとる、谷町ならぬダニマチよ、とさんざんな評判であったがのう」
 六郎七の子方のひとりが思わず「ぷっ」と噴き出したので、六郎七はその子方をぶん殴り、
「わしはなにも、この女の縄張りが欲しい、とかいうケチな了見でこんなことをしとるのやおまへん。駿河(するが)に住む清水次郎長という、近頃売り出しの博打(ばくち)打ちがおりましてな、そいつが不細工なことにおのれの持っていた刀を旅人に盗まれた、大坂のほうに逃げたらしいからどうしても取り戻してもらわんと顔が立たん、と泣きついてきよった。情けないやっちゃな、おのれでなんとかせえ、とは思いましたけど、まだ駆け出しの若いもんのことだすさかい、わしもつい情にほだされて、嫌々ながらに引き受けた、とまあ、こう言うわけでして……」
 それまで聞いていた旅人が、
「ひーっひひひ……おいおい、言うにことかいて、とんでもねえでたらめを並べやがったな。こいつぁ笑いがとまらねえや。ひいっひひひひひ……」
 腹を抱えて笑い出した。
「ひひひ……俺が聞いてる話じゃあ、てめえは以前、大前田栄五郎(おおまえだえいごろう)親分のまえで大しくじりをやらかして、その尻拭いを若(わけ)え次郎長親分がしてくれたそうだな。おかげでてめえは次郎長親分に頭が上がらなくなった。その次郎長が、刀を盗んだ旅人が出回りそうな先々に廻状(かいじょう)を送ったときに、てめえのほうから手を挙げて、『かならず捕まえて刀ともども清水まで送り届ける』と見得(みえ)を切ったそうじゃねえか。なにが次郎長に泣きつかれて嫌々だよ」
「嘘やない。わしから見たら次郎長はまだケツの青い小僧っ子や。わしとは貫禄がちがうわい」
「だれがケツが青いって?」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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