よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

 後ろから声がしたので、一同は一斉にそちらを向いた。旅姿の男たちが五、六人、そこに立っていた。先頭の背の高い男が笠(かさ)を脱いだ。鷹のような鋭い目つきに六郎七はたじろいで、
「じ、じ、次郎長……親方やおまへんか。遠路はるばるようお越し」
「なに言ってやんでえ。俺があんたに泣きついただと? 馬鹿も休み休み言ってくれ。この次郎長はそんな腑抜(ふぬ)けじゃあねえよ」
「そそそそれはやなあ、嘘も方便というか、嘘から出た実(まこと)というか、盗人のはじまりというか……とにかく、この口縄の鬼御前という女がおまはんの刀盗んだ旅人を匿ってましたんや。おまはんが来てくれたら百人力だすわ。一緒にこいつの一家、踏み潰してしまいまひょ。――それで、この男が、おまはんの刀盗んだ盗人だす!」
 次郎長は、若い旅人の顔を見て、
「おう、小政(こまさ)じゃねえか。おめえに、ひとりで大坂に行って様子を見て来い、とは言ったものの、それ以来、知らせがまるっきり来ねえんでやきもきしたぜ。それでとうとうこうして押し出してきちまった。いったいなにがどうなってるんでえ」
「実ぁ親分、三十石の中で患っちまったのをこちらの姉さんに助けていただいて、ずっと二階で寝込んでたんでさあ。熱が高くてどうしても枕が上がらねえ。朦朧(もうろう)として手紙も書けず、随分ご心配かけましたが、ようやく起きられるようになりました」
「そういうことか」
 次郎長は鬼御前に向き直ると、
「口縄の鬼御前という気風(きっぷ)のいい女貸元が大坂にいる、てえのは風の噂(うわさ)に聞いておりやしたが、手前は清水の次郎長という駆け出しの若いものでござんす。鬼御前さんには一度お目にかかりてえとかねがね思っておりやしたが、今日その願いが叶(かな)いました。このたびはうちの子分がたいへんお世話になったとのこと、この恩は次郎長、生涯忘れません」
「いや、そんな……嫌やわ、大げさに」
 鬼御前は照れたように言うと、
「そうだしたか。清水の貸元のお身内さんだしたんか。あてはてっきり……。けど、道理でしっかりしてはりますわ。居合いの腕もたいしたもんや」
「そう思って、こいつひとりで刀のことを探りにやらせたのが間違(まちげ)えで……とんだご迷惑をおかけしやした」
「そんなことはおまへん。――けど、それやったら次郎長さんの刀を盗んだのはどこのどいつやろ」
 雀丸がため息をついて、
「だーかーらー……この駕籠のなかにその下手人がいるって、さっき言ったでしょう! みんな、私の言うことをまるで聞いてないんだから……」
 次郎長が、
「はて、おめえさんは……?」
 雀丸は頭を下げて、
「大坂で横町(よこまち)奉行をしています竹光屋の雀丸と申します。――これを見てください」
 駕籠の垂れをまくり上げると、なかから左源太(さげんた)とたねが転がり出た。手首、足首はもちろん、顔にも袋がかぶせられ、紐(ひも)でぐるぐる巻きにされている。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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