よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十一話 犬雲・にゃん竜の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

「肴(さかな)はこれしかないが、酒はある。上酒を吟味した。存分に飲んでくれ」
 加似江が言うと、皆一斉に飲み出した。次郎長の子分たちも、
「ほんとになんにもねえな」
「しみったれた酒盛りだぜ」
 などとぶつぶつ言いながら酒を呷(あお)り出したが、
「おや……この酒、美味(うめ)えな」
「いい酒だ。いくらでも飲めらあ」
「このスルメも上等だ。嚙めば嚙むほど味が出てくるぜ」
「あの婆さん、ただものじゃねえ」
 そんなことを言いながら機嫌良く飲み食いしている。次郎長と鬼御前は意気投合したらしく、差し向かいで飲んでいる。普段は山海の珍味に舌鼓を打っているだろう鴻池善右衛門も焼き味噌を指につけてなめながら、美味そうに酒を味わっている。雀丸も、ようやく肩の荷がおりた気分で、茶碗酒を一杯飲み干した。五臓六腑に染み渡る。次第に座が乱れていき、小政と善右衛門が肩を組んで放歌高吟していたり、鬼御前と皐月親兵衛が飲み比べをしていたり、又兵衛と弥曽次が喧嘩をはじめたり……めちゃくちゃである。だが、皆楽しそうだ。次郎長は酒に弱いのか、早々にいびきをかいて寝てしまった。
「ややこしい一件じゃったな」
 加似江がスルメをかじりながら雀丸に言った。この老婆の歯は壮年のように頑丈である。
「はい。わかりやすくほぐして言いますと、次郎長さんのにゃん竜を牛次さんが盗んで古道具屋に売り、それを弥曽次さんが買って善右衛門さんに渡し、私に竹光を作れと言ってきました。その竹光を結城外三郎さんが勘違いして持っていってしまった。犬雲のほうは、奈津野由右衛門さんが持っていたのを外三郎さんが私に竹光を作らせて元盗人にすりかえさせたのを、牛次さんが盗んで、私のところに持ってきました。結果、由右衛門さんと外三郎さんは竹光同士で果たし合いをすることになりました」
「それでほぐしたのか。まことにややこしいわい」
「私も頭がこんがらがっております。横町奉行としては、こういうややこしいのはやめてもらいたいです」
「雀丸、おまえは気づいておらぬのかや」
「なにがです?」
「おまえがおらなんだら、こんなややこしいことにはなっておらぬのじゃ」
 雀丸はあっと思った。たしかに、雀丸が犬雲とにゃん竜それぞれの竹光をそっくりに作ったから、こういう事態が起きたとも言えるのだ。横町奉行として自分で自分の仕事を増やしてしまったのかもしれない。
(なにもしないほうがよかったのかな……)
 そう思ったとき、加似江が言った。
「まあ、よい。飲め」
「はい」
 雀丸は湯呑みに注がれた酒をひと息で飲み干した。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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