よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka


(今年は空梅雨だったなあ……)
 雀丸(すずめまる)は、印半纏(しるしばんてん)に腹掛けと股引(ももひき)という姿で上がり框(がまち)に腰をかけ、茶を飲んでいた。これからむずかしい作業に入るまえのくつろぎのひとときである。色白であっさりした顔の雀丸は、眉も目も鼻梁(びりょう)も唇も細く、どこかのだれかが「へのへのもへじみたいな顔」と悪口を言っていたほどだが、たしかにアクがまったくない、淡泊すぎる顔立ちである。
(空梅雨で稲が育たないと、また飢饉になる。それだけはごめんだ……)
 雀丸は天保(てんぽう)八年の飢饉のことを思い出していた。彼はまだ元服まえのこどもだったが、食事が一日二食になり、それも薄いお粥(かゆ)と芋の尻尾(しっぽ)で、毎日腹を減らしていたのを覚えている。しかし、父親が大坂城弓矢奉行付き与力(よりき)だった彼の家はまだましなほうだった。町人たちのなかには多数の餓死者が出た。買い占めで米の値段を吊(つ)り上げている商人たちの蔵に群集が押し寄せ、それを町奉行所の役人たちが片っ端から召し捕っている様子に雀丸は悲しさと憤りを覚えたものだ。
(さて……やるか!)
 雀丸は湯呑(ゆの)みを脇に置くと、気合いを入れるために両手で顔を叩(たた)いた。
 竹光(たけみつ)作りは、どの工程も気が抜けないが、とくに緊張するのは一番はじめに行う「竹割り」である。
 竹を割るのはなかなかむずかしい。「竹を割ったような」性格、という言葉がある。竹が「縦にまっすぐに割れやすい」と思われていることから、さっぱりさばさばした気性の例えとして使われるのだ。しかし、竹というものは案外まっすぐには割れないものである。それを本当にまっすぐ割るにはかなりの技術を要する。
 普通は、節を抜いた竹の端に鉈(なた)で割れ目を入れ、槌(つち)でコンコン叩きながら何度かに分けて割っていく。これだとたしかに竹はたやすく割れるが、途中で鉈を止めた箇所に「ぶれ」が生じ、雀丸の竹光には使えなくなってしまう。ではどうするかというと、四尺ほどの長さに切った竹を地面に立て、その「目」を見極めたうえで、真っ向唐竹(からたけ)割りの要領で鉈を振り下ろす。上から下まで一気に割る。大事なのは、その間ずっと呼吸を止める、ということだ。途中で息をすると、やはり鉈がぶれる。ほんの少しのぶれのせいで、「まっすぐ」とは微妙に違った状態になる。何年ものあいだ乾燥させて、最上の状態にある竹が台なしになってしまうのだ。
(やれやれ……)
 この緊張を強いられる作業を今日は行わねばならない。雀丸は、えり抜いた太い竹に対峙(たいじ)し、鉈を刀のように構えた。
(無念無想……)
 ぶれを生じさせないためには「なにも思わない」のが一番である。こう構えたほうがいい、とか、腕の力の配分を、とか、振り下ろす速さを、とか考えるとろくな結果にならない。しかし、「なにも思わないようにしよう」というのは、なにかを思っている証拠であり、本来は禅で言うところの「無」にならねばならないのだが、なかなかその境地には達せない。雀丸は大きく息を吐き、つづいて大きく息を吸った。そこで呼吸を止め、鉈を振り上げると……。
「雀丸、昼飯はまだかや」
 雀丸はたたらを踏み、鉈は斜めに入って、竹は歪(ゆが)んで割れた。雀丸は深呼吸して振り返ると、
「お祖母(ばあ)さま、大事な仕事のときは話しかけないでください」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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