よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「おまえの父親はひとさまを助けたにもかかわらず、ほめられもせず、謀反(むほん)の疑いをかけられただけであった。その息子のおまえが、一文にもならぬ横町奉行をしておるというのも、これまた親に似るというやつじゃな」
 そう言って笑っている加似江がいちばん無責任なのだ、と雀丸は思ったがもちろん口には出さなかった。考えてみると、彼が今、竹光屋をしているのも父親のおかげなのだ。鷹之助の死去にともない藤堂家の跡継ぎとなった雀丸は、父親の残した借金を返すために先祖伝来の名刀を売り払ったのだが、刀がなくては城勤めはできぬ。やむなく竹光を差すことにしたが、偽物(ぎぶつ)の割りには竹光もけっこう高額だ。しかたなく自分で作ることにしたのだが、これが案外上手くいき、その後いろいろあって武士を辞め今に至る……というわけだ。
 なりゆきでそうなったとはいえ、今にして思えば、竹光を作る仕事というのはいろいろな意味で雀丸に合っていた、と言えた。武家の跡取りとして生まれた雀丸は幼いころから父親に直心影(じきしんかげ)流の剣法を仕込まれた。しかし、「勝ち負けをつける」ことが苦手で、通っていた道場で試合をするよう言われると、二、三合も撃ち合ったらあっさり木刀を引き、
「参った」
 と頭を下げてにこにこ顔で自分の席に戻る。
「真剣勝負のつもりで、相手を殺すつもりで立ち合え」
 などと煽(あお)られると、わざと小手を打たせてすぐに負ける。「相手が憎いわけでもないのに、争う理由がない」からなのだ。そんな性格だから、そもそも武士には向いていない。ひとを傷つけることがない竹光を作るのは彼の性に合っていたし、手先が器用で、細工物を拵えるのが好きなので、竹光作りは雀丸にとって天職のようなものだった。
 争いごとが嫌いな雀丸は、横町奉行として訴えごとを裁くときも、できるだけ双方が最後には仲良く和解できるよう心がけていたし、近頃の諸外国の動きやそれに対する国内の動きに関しても、
(向こうもこちらも同じ人間だ。話してわからないはずがない。どんな国とも仲良くしたらいいのに……)
 と思っていた。異国の要求に屈するな、船が来たら打ち払え、開国などもってのほか、異人に日本の土を踏ませるな……と主張するのは暴論だと思っていたが、ではどうしたらいいのだ、と言われるとその答は持ち合わせていなかった。ただ、このことで国内の意見がいくつかに分かれ、親しいものたちのあいだに亀裂が入ったり、争いが勃発するようなことだけは避けてほしかった。
(とにかく平和がいちばんだよ……)
 雀丸は、政(まつりごと)にも異国の動向にももともとなんの関心もなかった。ただ、のんびりと日々を送ることが願いだった。しかし、今の世の大きな動きは無関心派のはずの雀丸の身辺にもひたひたと迫っていた。先日、土佐や長崎に赴くことになったのも、そういう流れとは無関係ではない。
(いずれなにか大きなことが起きるのではないか……)
 とは思うものの、そのときが少しでも先であることを雀丸は祈っていた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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