よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「おう、あんた、横町奉……」
「あーっ、お断りです。今日は横町奉行はやめ。お裁きはなし。さあ、帰った帰った」
「話ぐらい聞いて……」
「だめだめ。そんなことしてたら日が暮れます。帰ってください」
 雀丸は男を裏向きにして背中を押し、店から出した。すると、またその男と入れ替わりに別の男が、
「あのー、ごめんなはれ。こちら横町……」
「ダメダメダメダメ! 今日は休業、今日は休業……」
 雀丸はその男も追い出して、戸を閉め、心張り棒をかった。汗を拭き、もとの場所に戻る。
(今度こそだれにも邪魔されないぞ……)
 雀丸は鉈を手にして、呼吸を整えた。戸を閉めたせいか周囲は静かである。奥から加似江のいびきだけが規則正しく聞こえてくるだけだ。
(やっと落ち着けた……)
 竹を真っ直ぐに立てる。鉈を振り上げ、そして……。
「すいませーん!」
 若い女の声だ。雀丸はさすがに声を荒らげて、
「いいいいいかげんにしてくださいっ! ダメなものはダメ、ダメったらダメなんです! 横町奉行は……横町奉行は当面休業って書いてあるでしょう! お願いですから仕事させてくださいっ! 私は竹光を作らねばならないのです!」
「そうなんです。竹光を拵えてほしいのです」
「え……?」
 もしかして……。
「あのー、お客さんですか?」
「はい。こちらの竹光がまことの刀そっくりのすばらしいものと聞きましたので、ぜひにと思ってうかがいました」
 雀丸は鉈を放り出し、心張り棒を蹴っ飛ばし、戸を開けて、揉み手をしながら女を迎え入れた。十八歳ぐらいの武家娘である。着ているものは、かなりくたびれてはいるがもとは高価なものと思われた。
「あの……休業中ではないのですか」
「いえいえ、あれは別の話です。竹光はいつでも開店中です。どのような竹光をお望みですか」
 雀丸は、上がり框に座布団を敷き、そこに娘を掛けさせた。
「和泉守国貞(いずみのかみくにさだ)という刀をご存知でしょうか」
「井上真改(いのうえしんかい)の父で大坂新刀の祖と言われている名工の作です」
「わたくしの兄の刀が、その国貞が鍛えたひと振りなのです。兄は長(なが)の浪人暮らしでこの度やっと、あるご家中に召し抱えられることになったのでございますが、恥ずかしながらその支度をするための金子(きんす)がなく、羽織袴(はかま)を調えることができませぬ。兄は祐筆(ゆうひつ)を見込まれて書き物役としての出仕であることをさいわいに、先祖伝来の刀を売り払い、支度金に当てることにいたしました。――なれど、形だけでも大小は差さねばなりませぬ。そこで、評判の高い雀丸殿に、和泉守国貞そっくりの竹光を拵えていただきたいのです」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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