よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「なるほどなるほど。――で、その刀を拝見することはできますか」
「それがその……兄は今、よんどころない用件で旅に出ておりまして……」
「それは困りましたね。一度この目で見て、手に取って検分しないと瓜(うり)二つにはできかねます。旅からお戻りになってからではいけませんか」
「それがその……急ぐのです。兄が仕官先に参るのは二日後なので、それまでに作っていただきたく、それでわたくしが代わりにお願いにあがったのです」
「はあ……そうですか……」
「刀身だけでよいのです。売り払う相手先は、中身だけが欲しいと申しております。ですから、刀身の竹光を作っていただければ、鞘(さや)や鍔(つば)、柄(つか)、目釘(めくぎ)、鎺(はばき)などは本物のものを使えますゆえ……」
「それでもやはり、見せていただかないと、鞘にぴたりと入るように作るのはむずかしいです」
「わたくし、少し絵心がございまして、その刀の絵を描いて参りました。ご覧ください」
 そう言って娘は一枚の大きな絵をその場に広げた。雀丸は目を見張った。それは「少し絵心がある」という程度のものではなく、見事な絵であり、かつ図面であった。刃文(はもん)、鎬筋(しのぎすじ)、地肌、三つ頭(がしら)、樋(ひ)、帽子などがきっちりと表されており、彩色がほどこされている。しかも、正確な寸法も書き込まれているのだ。
「うーん……すばらしいですね。これならなんとかなりそうです」
「ありがとうございます! 抜刀しても露見しないでしょうか……」
「はい。その気遣いはありません」
「でも、重さは……」
「芯に鉄の薄板を仕込みます。もとの刀よりはやや軽くなりますが、お兄さんはともかく、他人が持ってもおそらく気づかれることはないでしょう」
「それはその……兄も気づかないほどでしょうか」
「え? お兄さんはそれが竹光であることをご存知なのでしょう? だったら、気づくもなにも……」
「あ、そうでした。兄も……きっと兄も喜ぶと思います。では、三日後に受け取りに参ります」
「あの……竹光の値ですが、国貞なら三両いただくことになります。それでその……えーと……申し上げにくいのですが、前金として一両ちょうだいできますか」
 長い浪人暮らしで差料を売らねばならぬほど困窮している相手に前金を要求するのは心苦しかったが、これも商売である。しかし、娘は案外簡単に、
「承知いたしました」
 そう言うと懐から財布を取り出し、一分銀四枚を雀丸に手渡した。雀丸は前金の受け取りを書いて娘に渡し、もう一枚の紙に、
「ここにお名前とお住まいを書いてください」
 娘は「山部(やまべ)キク 天満同心町(てんまどうしんまち)」と記した。
「同心町ですか。私もあのあたりに知り合いが住んでいます。東町奉行所の同心で皐月(さつき)さんという方なんですが……」
 雀丸が言うと、娘はなぜかうろたえたように目を泳がせ、
「そ、そうですか。わたくしは存じません。――では、三日後、かならず遅れぬようお願いいたします」
 そして、急ぎ足で店を出ていった。雀丸は、一分銀四枚をしげしげと見つめた。
(きっとこの一両を作るのにはかなり苦労したのだろうな……)
 そう思うと申し訳ない気分になったが、一方では、
(これで五日後の支払いができる……!)
 なんとも時宜を得た、ありがたい仕事であった。
(やっぱり真面目〈まじめ〉に生きていると、こういうことがあるんだな……)
 一段と高まった加似江のいびきを背景に、雀丸は竹割りをはじめた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

Back number