よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「おまえはこの男の相棒か」
「へえ、三太郎いいます」
「駕籠屋ならば足も速かろう。ここからならば……うむ、そうだ。能勢(のせ)先生が近いな。――三太郎とやら、わしが応急の血止めをしておくゆえ、おまえはすぐに桶ノ上町(ひのうえまち)に住む能勢道隆(どうりゅう)という医者のところに行け。『和方・漢方・蘭方医術全般 能勢道隆』という看板が上がっておるからすぐわかる。家はぼろぼろで、当人もみすぼらしいが、腕は確かだ。東町の同心皐月親兵衛の頼みだ、と言ってここへ引っ張ってこい。寝ていても酔っていてもかまわぬ。嫌だと言ったらおぶってでも連れてこい。さあ……行け!」
「へ、へえっ!」
 三太郎は猛烈な速さで駆け出した。皐月親兵衛はさすがは町同心で、平助を道の脇にそっと運んだあと、手際よく血止めをした。平助は苦痛に顔を歪めており、額には脂汗が浮かんでいる。
「しっかりせよ。もうじき医者が来るぞ」
 そこへ心配げな表情の善右衛門が近づいてきて、
「この駕籠屋はわしの知り合いだす。今夜はわしの身代わりになってくれたようなもんや。なんとか助けとくなはれ」
「身代わりだと? どういうことだ」
「それがその……わしにもようわからんのだすけどな……」
 善右衛門はさきほどからのできごとを皐月親兵衛に告げた。
「なんと……おまえの贔屓の駕籠屋の駕籠を買い占めて、そのなかに入って待ち伏せしておったと申すか」
「どうやらわしの命を所望やったみたいで……」
「もしかすると、おまえが帰りに通りそうな道にそれぞれ駕籠を配していたのかもしれぬ。そうなると相手は三人ではなく、もっと多人数やもしれんぞ。――心当たりはあるか」
「わしも商売柄、いろいろと恨みやら逆恨みやらやっかみやら妬みやらを買(こ)うとるかもしれまへんけど、お侍さま三人に、それもお歴々らしい方々に殺されるほどのことはした覚えはおまへん」
「そうか……」
「そう言えば、駕籠に乗ってはったお侍は、『なんでも金で片づけようとしてきた罰が当たったと思え』と言うてはりました」
「ふーむ……」
 皐月親兵衛は腕組みをして考え込んだが、特段の思案は出てこなかった。彼は提灯の明かりを頼りに、あたりの地面を検分してまわった。
(おや……)
 皐月は紙切れを拾った。さっきの侍たちが落としていったものかもしれない。なにやら粗末な紙を使った刷り物のようだが、暗くて読めぬ。皐月親兵衛はそれをふところにしまった。ほかにはなにも見つからなかった。
「同心の旦那ーっ、鴻池の旦さーん!」
 大声を上げながら駆けてくるのは三太郎だ。手に薬箱を持ち、背には六十手前ほどの、坊主頭の男を背負っている。能勢道隆である。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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