よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻2

田中啓文Hirofumi Tanaka

「なんでそんなにぎょうさん瀬戸物を駿府に運びますのや」
 蟇五郎が美松屋の主(あるじ)にたずねると、
「駿府のご城下で新しく瀬戸物屋が開店しますのや。そこの主は昔から昵懇(じっこん)にしとるおひとやが、日本で一番大きな瀬戸物屋になりたい、ゆうて、もともとは二百人が泊まれるほどの大きな旅籠(はたご)やったところを買い取りはって、それを茶碗(ちゃわん)や皿や鉢や湯呑(ゆの)みや徳利や盃(さかずき)や水瓶(みずがめ)や壺(つぼ)や花活けや……とにかく瀬戸物という瀬戸物で埋め尽くす、と言うとりますのや。こらおもろい、と思てな、うちとこが開店の納品を一手に引き受けることにしましたんや」
「ほう……そらまた近頃にない豪儀な話やなあ」
「そうだっしゃろ。引き札も撒(ま)けるだけ撒いとるさかい、駿府のご城下は……というより街道筋はもうこの話で持ちきりだすわ」
「そういうことならこの地雷屋蟇五郎も性根入れてやらせてもらいます」
「頼んますわ。瀬戸物の積み込みは、割れもんやさかい、うちの店のもんで万事仕切らせてもらいます」
「そらありがたい。あんじょう頼んます」
 美松屋が帰ったあと、番頭の角兵衛(かくべえ)が、
「旦さん、よろしゅおましたなあ」
「そやな。仕事が少ないさかい、どんなしょうもない仕事でも欲しいところやったが、五艘とまとまった大口の注文や。これも皆、わしが日頃からあくどいことをなにひとつせず、天の道に叶(かの)うた商いだけをやってきたご利益や」
「手ぇが後ろに回るか回らんかぎりぎりのやり口ばかりやってきたお方が、ようそんなこと言いますなあ。口が曲がりまっせ」
「わはははは。口なんかなんぼ曲がったかてかまへん。銭さえ儲かればええのや」
「けど、美松屋はん、日頃はあんまりうちの船使(つこ)うてないのに、ようこんな大きな取り引きを頼んでくれはりましたなあ。まえまえからのお知り合いだすか」
「いや……ほんま言うたらほとんど知らん。わしが解せんのはそこや。なんでうちに頼みにきたのかようわからん」
「美松屋信兵衛ゆうたら、かなりご立派なおひとやと聞いとります。曲がったことが大嫌いで、店のもんもいつもぴりぴりして働いとるそうだすわ」
「はははは……うちとえらい違いや。うちの奉公人はいつもだらだらしとる」
「そ、そんなことおまへんで。けど、美松屋はんはたとえ相手が大坂ご城代や町奉行であってもはっきりものを言うお方らしゅうおます。天保(てんぽう)の飢饉(ききん)のときは、おのれの蔵を開けて米を町のもんにタダで配ったり、東町のお奉行さんやった跡部(あとべ)さまともえらいやり合(お)うたそうだっせ。大塩(おおしお)の乱が起きたときも、焼け出されたもんに炊き出ししたり、乱に加わった町人、百姓の助命に走り回ったりした、て聞いとります」
「骨のある御仁らしいな。ま、わしとは気が合わんかもしれん。あんまり堅いお方とおると気詰まりやさかいな」
「旦さんはそうだっしゃろな。どっちか言うたら柔らかーい、がめつーいお方だすさかい……」
「言うとくけどな、角兵衛。大塩の乱のとき北浜(きたはま)もたいがい焼けたけど、うちの店は焼け残った。せやさかいわしはあのとき、炊き出しにも随分と金使うたのやで」
「そうだしたかいな。わてはまだ手代だしたさかい、あんまり覚えてまへんわ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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