よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻2

田中啓文Hirofumi Tanaka


 雀丸(すずめまる)が竹を削っていると、ひとりの侍が怒髪天を衝(つ)く形相で足音荒く入ってきた。四角い顔の真ん中のあたりに目や鼻や口がぎゅっと集まっている。
(どこかで見かけたような……)
 雀丸がそう思っていると、
「貴様が竹光屋(たけみつや)雀丸か!」
「はい……そうですけど。なにか怒ってます?」
「そうだ、わしは怒っておる。これを作ったのは貴様だな」
 そう言うと、刀を鞘(さや)ごと腰から抜き、雀丸に差し出した。ひと目見て、雀丸にはそれが昨日できあがったばかりの国貞(くにさだ)だとわかった。
「はい、そのようですね。ですが、私はこの竹光を昨日、山部(やまべ)キクさまというお嬢さんにお渡ししたのですが、あなたはそのお嬢さんの知り合いかなにかですか」
「わしはそのものの兄だ。だが、山部キクというのはまことの名ではない」
「ということはあのひとは偽名を使って私に注文した、ということですね。あまり感心しないなあ……」
「そんなことはどうでもよい。わしに竹光など摑ませよって、どえらい恥を搔(か)いたぞ!」
「竹光を作れと言われたから竹光を作ったのです。出来映えも気に入っていただけましたし、残りのお金もいただきました。それで溜(た)まっていた借金の支払いを……いや、そんなことはどうでもいいんですが、なにがいけなかったのです? 私は、長い浪人暮らしだったあなたの仕官がようよう決まって、その支度を調えるために先祖伝来の国貞を売り払うことになったので、他人に見られてもわからぬような竹光の中身を拵えてほしい、と言われたのですが……」
「たわけめ。わしは浪人などではない。れっきとした主持ちだ。妹がわしの刀の中身をひそかに竹光にすり替えたがために、仕事において大しくじりをした。許せぬ、そこになおれ。成敗してくれる」
「はあ? 竹光屋が竹光を作って成敗されるとは解せません。なんの罪なんです?」
「武士に偽の刀を売り渡した罪だ」
「竹光とはそういうもんです。それに、私は妹さんに頼まれて拵えたのですから、それをあのひとがどうしようと、あなたの家のなかのことまで知ったこっちゃありません。揉(も)めるなら妹さんと揉めてください。でも、いったいどういうしくじりをしたんです? 刀が竹光にすり替わっていて恥を搔くというのは……」
「うるさい! 斬ろうとしたものが斬れなかった。そこで、よく確かめてみると竹光だ。これだけ出来のいいものは日本広しといえど浮世小路(うきよしょうじ)の竹光屋雀丸しか作れぬ、と教えられてここに来たのだ。やはり貴様の仕業だったか……」
「仕業ってひとを盗人(ぬすっと)みたいに……」
「盗人ではないか。この中身の刀はどうした。返せ!」
「いえ、それは妹さんが持ってるはずですよ。売り払ったりしていなければ、ですが……」
「なにい? 嘘(うそ)をつくな!」
「嘘なんかついてませんって……」
 侍は雀丸に摑みかかった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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