よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻2

田中啓文Hirofumi Tanaka

「うわ、乱暴だなあ」
 そのとき、表から飛び込んできたのは山部キクと名乗った武家娘だった。
「兄上、やはりここでしたか。帰宅したあと、わたくしが留守と知ってすぐに怖い顔で刀を引っ摑んで出ていった、と爺(じい)やに聞いたので、まさかと思ったのですが……雀丸さんは関わりありません。すぐにお戻りください。刀身はわたくしが預かっております」
「なんだと? なにゆえかかることをして、兄に恥を搔かせた」
「兄上がしばらくまえから仲間のお方たちと、いついつ誰某(たれがし)を待ち伏せる、だの、斬る、だのと物騒な相談をなさっておられるのをわたくしが気づいていないとでも思っておられましたか。わたくしは兄上にひと殺しなどさせとうありませぬ。それで竹光と取り替えたのです」
「馬鹿な真似(まね)を……」
「お役目に打ち込んでおられたころの兄上に戻ってほしいのです」
「黙っておれ! これはおまえなどにはわからぬことだ。天下国家のためなのだ」
「では、おききいたしますが、町奉行所同心尾上権八郎(おのえごんぱちろう)ともあろうものが……」
「キク!」
 武士は大声で叫び、娘はハッとして口を押さえた。武士は雀丸をにらみつけ、
「このこと口外したら命はないものと思え」
 押し殺したような声でそう言うと、娘の腕を摑み、引きずるようにして出ていった。雀丸はしばらく考え込んでいた。
(そうか……どこかで見たことがある、と思ったのは……)
 おそらく同心町(どうしんまち)の皐月親兵衛(さつきしんべえ)の屋敷を訪れたとき、近くで見かけていたのだ。大坂町奉行所の同心たちは東町も西町も皆、天満(てんま)の同心町の拝領屋敷に住んでいる。
(それにしても……町奉行所の同心たちが待ち伏せをしてだれかを斬るなんて、どういうことなんだ? 皐月さんにきいてみようかな……)
 そんなことを雀丸は思ったものの、雀丸たちをめぐる事態はとんでもない方向へと進み始めていたのだ。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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