よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻2

田中啓文Hirofumi Tanaka

「と、とは申せ、尾上権八郎が関わっているのがわかっていてみすみす……」
「皐月、花井戸さまを甘くみるな。あのお方は本気だぞ」
「では、我々はなにをすればよいのです」
「うちの組にはべつの役目が与えられた」
「は……?」
「下寺町にある要久寺という寺の住持がよからぬことを企(たくら)んでいるという投げ文があったとやらで、なにか起きたらただちにその寺の和尚を召し捕って、口を割るまで厳しく詮議せよ、とのことだ」
「要久寺でございますか。あそこの和尚は大尊と申しまして、それがし、よう存じております。酒飲みの堕落坊主ではございますが、けっして悪人ではないと……」
「花井戸さまは、理由(わけ)はおっしゃらなかったが、そやつが極悪人であることはわしが請け合う、と仰せだ。すぐにでも牢(ろう)に入れ、責めにかけたいところだが、近々かならず罪を犯すゆえ、朝な夕な要久寺の近くに張り込み、その坊主の所業を逐一見張っておれ、と申された」
 皐月親兵衛は下を向いて考え込んでいたが、やがて顔を上げ、
「八幡さま、その件もなにやらきな臭(くそ)うございます」
 八幡はきっとして皐月を見、
「皐月……もし、おまえがわしの命に従わぬなら、わしがこの手でおまえを斬る」
「…………」
「おまえにも守るべき家族があるではないか。ひとり娘の園(その)、と申したな、あの娘に泣きを見せとうはなかろう。長いものには巻かれろだ。――よいな、くれぐれも勝手なことをするなよ」
「は、はい……かしこまりました」
「では、今から我ら八幡組は要久寺に向かい、かわるがわる見張るのだ。ただしくれぐれも大尊には悟られぬようにな。――さ、支度いたせ」
「い、今からでございますか」
「そうだ。なにか差し支えがあるのか」
「い、いえ……なにもございませぬが……」
 それでは大尊にこのことを知らせるわけにはいかぬ。
「八幡さま、罪がなければ捕らえることはできませぬ。まことに大尊和尚は近々罪を犯すのでございましょうか」
「花井戸さまがそうおっしゃったのだ。信じるほかあるまい」
 八幡与力はそう言った。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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