よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻2

田中啓文Hirofumi Tanaka

「これが知らんうちに配られてたおかげで、火事があるんとちがうか、て皆言いあってて、多少は気ぃつけてましたんや。そのせいかどうか、焼け死んだものはひとりもないらしい」
 べつの子方が、
「要久寺の和尚が酔っ払っておのれの寺に火ぃつけたのが燃え広がった、て言うとるもんもおました」
 鬼御前は要久寺のほうを見やると、
「あのガキ……許さん」
 そうつぶやくと、
「皆、集まってくれ」
 鬼御前一家の全員を黒焦げになった家のまえに集めた。
「見てのとおり、家が丸焼けになってしもた。今日かぎり、鬼御前一家は解散や。皆、長いあいだご苦労さんやった。これからはだれでもええ、好きな親方のところに行ってんか」
「そんな姉さん」
「わてら皆、姉さんのことを慕(しと)うとるさかいここにいてますのや」
「家が焼けたぐらいなんだす。皆でがんばって建て直しまひょ」
「あちこちの貸元に言うたら、火事見舞いや、いうてお金も集まりまっせ」
 鬼御前はうなずいて、
「ありがとう。けど、あては今から、ちょっとわけがあって駿府まで行かなあかんのや。いつ帰ってこれるかわからん。あてが戻るまで、あんたらが住むところもないやろ」
「ほな、みんなで駿府まで……」
「いや、渡世の道とは関わりのないことやさかい、これはあてひとりでけりをつけなあかんのや。あんたらに手伝(てつど)うてもらうわけにはいかん」
 一同が暗くなったのを見て、豆太が大声を上げた。
「こら、おまえら、なにをしょぼくれとるのや。姉さんが帰ってきはるまでに、家をなんとかする目鼻だけでもわてらで付けとこやないか」
 鬼御前は少し涙ぐんだようだったが、すぐに懐紙で鼻をかむと、
「ほな、着物もなにもかも焼けてしもたから、着の身着のままで出かけるわ」
「姉さん、お達者で」
「お達者で」
「姉さん、行ってらっしゃい」
「ああ……みんなも元気でな」
 そう言って鬼御前は、焦げくさい臭いのなかを旅立っていった。それからすぐに、大尊和尚がやってきた。衣は焦げて、顔も真っ黒になっている。
「えらいことであったな。うちも燃えてしもうたが、おまえ方のところも焼けたと聞いて飛んできたのじゃ。鬼御前は無事か?」
 豆太が大尊の胸ぐらを摑み、
「こらあ、この極道坊主! おまえのせいでうちまで丸焼けになってしもたやないか。どないしてくれるんじゃ!」
「わしのせい? なんのことじゃ」
 豆太はさっきの刷り物を大尊に示し、
「要久寺住職ゆうのはあんたのことやろ! 火もとは要久寺やと聞いたで。あんたが酔うて火ぃつけた、ゆう噂もある」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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