よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻2

田中啓文Hirofumi Tanaka

「たわけ! おのれの寺に火をつける阿呆(あほ)がおるか!」
「ほな、今晩下寺町で火事が起きるゆうことがなんで前もってわかったんや」
「知るか! こんな刷り物、わしは作った覚えはない」
 そのとき、
「待てっ、要久寺住職大尊とはその方か!」
 十手を持った皐月親兵衛が野次馬を搔(か)き分けて現れた。
「なにをいまさら……おまえさん、わしのことはよう知っておるではないか」
 皐月は、その言葉を無視して、
「火付けの疑いで召し捕る。会所(かいしょ)まで参れ。逃げようとしてもそうはいかぬぞ」
 皐月親兵衛の隣には、盗賊吟味役同心やその下聞きの長吏(ちょうり)、役木戸なども控えている。
「わしは火付けなどした覚えはない。東司(とうす)(手水場)から火が出たらしいが、日頃は火の気がないところじゃ。だれかが付け火したのかもしれぬが、ずっと酔うておったゆえなにも知らぬ」
 盗賊吟味役同心が刷り物を大尊に示し、
「おまえが作った刷り物に下寺町で火事が起きるという予言が書かれていたのが動かぬ証拠だ」
「なにゆえわざわざ予言したうえでおのれの寺に火をつける」
「大塩の乱のとき、大塩平八郎は自宅に火を放って決起したではないか」
「わしは決起などせんぞ」
 皐月親兵衛が、
「言い訳は会所で聞こう。さあ……来い!」
「じゃが、わしがここに来ているとようわかったのう。火事のさなかに早手回しもよいところじゃ。まるで、わしのことを見張っていたようではないか」
「う、うるさい! とにかく来るんだ!」
 皐月親兵衛はあわてて大尊の手首を摑み、引っ張った。長吏が、
「旦那、縄はかけんでよろしいか」
「かまわぬ」
 皐月親兵衛と大尊和尚は並んで歩き出した。しばらく行ったところで大尊は皐月親兵衛の耳もとでささやいた。
「なにがどうなっておるのじゃ」
「わしにもわからぬのだ」
 皐月はそう答えた。彼らのうしろでは、鬼御前の子方たちが、
「やっぱりあの坊主がやったんか」
「道理で人相が悪いと思うたで」
「太いやっちゃ」
 口々にそう言い合っていた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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