よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻2

田中啓文Hirofumi Tanaka

「和尚さまが花井戸さまを怒らせるようなことをしたとも思えませぬが……」
 園がそう言ったとき、店の表から、

 ほんまだっか、そうだっか
 あんたの言うことそうだっか
 嘘です嘘です真っ赤な嘘です
 嘘は楽しやおもしろや
 嘘はうれしやはずかしや
 嘘つきゃ幸せ、嘘つきゃご機嫌
 嘘つきの頭(こうべ)に神宿る
 この世のなかに
 ほんまのことなんかおまへんで
 ほんまだっか、そうだっか
 ほんまだっか、そうだっか

 という陽気な歌声が聞こえてきた。歌の合間には横笛の音や鉦(かね)、太鼓などを叩く音、金属片がじゃらじゃら鳴る音なども聞こえる。雀丸はポン! と手を叩き、
「そうだ、夢八(ゆめはち)さんがいた!」
 雀丸が外に駆け出すと、黄色の着物に金色の羽織、真っ赤な襦袢、緑の烏帽子(えぼし)……という派手な格好をした男が踊りながら歩いている。「しゃべりの夢八」である。
 夢八の表稼業は「嘘つき」だ。遊郭などを流して歩き、お座敷がかかると、あることないこと嘘八百を口任せにしゃべりまくり、座を盛り上げる。幇間(ほうかん)のようだがヨイショはせず、噺家(はなしか)のようだが覚えてきたネタを披露するわけではなく、歌ったり節をつけたりもしない。ただただ、ひたすらしゃべるだけでご祝儀をもらう。しかし、彼には裏の顔がある。腕が立ち、身が軽く、忍びの術も心得ているらしい。石礫(いしつぶて)を打たせれば百発百中で、「七法出(しちほうで)」という変装も得意だ。ときどき長旅に出たり、伝書鳩(ばと)を飼っていたりすることもあり、雀丸は長らく「公儀隠密ではないか」と疑っていたが、先日やっとその正体がわかった。夢八は「沙汰(さた)売り」だったのである。沙汰売りは「噂屋」とも言い、情報を売るのが仕事である。多くの大名は江戸と大坂に屋敷を置いているが、九州や四国、東北といった遠隔地に領地のある外様大名はどうしても情報の届くのが遅くなる。そこで、「沙汰売り」と契約して、「噂」を買うのである。色里(いろさと)で「嘘つき」をしているのも、大勢の客と接していろいろな噂を耳にしている芸子(げいこ)や舞妓(まいこ)たちからそれを聞き出すためなのだ。酔っ払った商人や遊郭ということで気を抜いた侍が、うかっととんでもないことを漏らすこともあるらしい。
 そんな夢八がなぜか雀丸と馬が合い、たびたび横町奉行の仕事に手を貸してくれるのだ。
「夢八さーん! ちょっと寄ってください!」
「ああ、雀(じゃく)さん。あんたとこに行くところやったんや。――鬼御前さんと大尊和尚は気の毒やったなあ」
「そうなんです。今も仁王若さんと万念さん、それに園さんが来ておられます」
「そうか。――じつはその件についてちょっと小耳に挟んだことがあるんで、横町奉行に言うとかなあかんと思てな」
「なかに入ってください」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

Back number