よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻2

田中啓文Hirofumi Tanaka

「へとへとだすわ。あいつ、下寺町の界隈の医者に行ったら足がつくさかい、わざと遠方の医者に診てもろたんやなあ」
「でしょうね。その男、どんなやつでしたか」
「大柄で屈強そうだしたけど、侍やおまへんな。どこぞの寺侍かもしれん。――あ、そうそう。でこにでっかいたんこぶがおましたわ。どこぞでよほどぶつけよったんだすやろな。それと、唇の左端に大きいほくろがおますさかい、よう目立ちます。けど……あいつが火付けの下手人やとしたら、今度の一件には東町奉行所が関わってることになりまっせ」
 雀丸はうなずいて、
「町奉行が着任したばかりでなにもわかっていないのを良いことに、花井戸という与力が好き放題しているのかもしれない。一連のことを町奉行の耳に入れることができればいいんですが……。園さん、今度のお奉行さまの石田長門守さんってどういうお方ですか」
 園は首をかしげ、
「よくは存じ上げませんが、もとはまことの侍ではなく、どこかの地役人の四男だったそうです。それが江戸の御家人の養子となり、旗本に取り立てられて駿府町奉行、堺(さかい)奉行を歴任され、ついには大坂町奉行にまでご出世なさったそうです」
「すごいなあ。それはなかなかのやり手だ。こちらの味方につけたいなあ……」
「花井戸があいだに入って通せんぼしとるんだすやろなあ」
 夢八が言うと、園が案じ顔で、
「大尊和尚さま……大丈夫でしょうか」
「なんとかなるでしょう。これまでもなんとかなってきたんですから」
 雀丸は自分に言い聞かせるように言った。
「でも……鬼御前さんの家も要久寺も焼けてしまうなんて……」
「そういう『とき』が来たんだと思います」
「とき……?」
「世の中もおかしくなっています。何百年も泰平が続いていたのをほうぼうから揺り動かされておおあわてしている。それと同じで、我々も否応なしに変わらねばならない『とき』だと思うしかないですね」
「私たち……これからどうなるのでしょう」
「わかりません」
 それが雀丸の正直な思いだった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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