よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka



「そろそろ決行の日が近づいているはずだ。それまでにわれらに与えられた任を果たさねばならぬぞ」
「つなぎによると、大猿殿は水無月に戻られるとのことだ。急がねばならぬ」
「ああ、一度しくじったから風当たりがきつうなっておる。つぎはかならず仕留めねば……」
「それはそうだが……なにゆえわれらが悪右衛門(あくえもん)を斬らねばならぬのだ。ただの商人(あきんど)ではないか。われらが斬るべきは大坂城代や老中、若年寄たちではないのか」
「今頃なにを申しておる。武器や弾薬の調達などでわれらの後押しをしてくれているのは外様の大名衆だ。彼らは皆、やつからとうてい返せるはずもない大金を借りており、悪右衛門に死んでもらいたがっている。そこで我々が悪右衛門を斬ることを請け合(お)うたのだ。持ちつ持たれつということだぞ」
「それに、やつは大塩(おおしお)さまが貧民救済のために金を貸してくれと申し入れたときも断ったというではないか。誅(ちゅう)すべきだ」
「今度のしくじりでお頭(かしら)は大名たちからさんざん責められ、早(はよ)う決着をつけろとせっつかれておるそうだ」
「そもそも尾上(おのえ)、おまえがあのときちゃんとしておれば、すでにことは終わっておるはずなのだぞ。刀と竹光(たけみつ)を取り違えるなど、ありえぬ話だ」
「そ、それがありうるのだ。重さといい、見かけといい、そっくりそのままで……」
「とにかくおまえのせいで、われらはもう一度やらねばならぬ。尾上、今度しくじったら、おまえを斬る」
「ば、馬鹿な……われらは同志ではないか」
「竹と刀の見分けがつかぬような馬鹿になにもかも台なしにされてはかなわぬ。おまえのようなやつは、文字を書いておるか刷り物をしておればよかったのだ。下手のくせに刀を振り回すからああいうことになる」
「そ、それもおかしいと思うのだ。なにゆえそれがしがあの良苔(りょうたい)とかいう坊主の私怨を晴らすために刷り物を作らねばならないのか、と……」
「おまえはそれがいかんのだ。良苔殿も同志の一人(いちにん)。その頼みはこころよく聞いてやるべきではないのか」
「そうだとも。おまえは考えすぎだ。悪右衛門を斬る……われらはそれに注力すればよい」
「とにかく尾上、おまえは馬鹿なのだから、われらの足を引っ張るな。それだけだ」
「…………」
 七、八人の若侍たちが狭い一室に垂れ込めて話し込んでいる。それを隣室でじっと聞き耳を立てているものがいることに、彼らは気づいていなかった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

Back number