よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「それはそれとして、贅沢三昧の大寺の和尚、で思い出したが、臨済宗雷覚寺派大本山雷覚寺の良苔という和尚を知っておるか」
 碓氷同心はきょとんとして、
「なんのことだ」
「いや、なんでもない。知っておるか、ときいただけだ」
「知っているもなにも、そのお方なら、二日まえからうちのお頭のところにお泊まりになっておられるぞ。昔からの知己だと聞いておる。お頭のほうが、京のそのお方の寺に泊まりにいくこともある。よほどの親友とみえる」
「ほう……やはりなあ……」
 大尊はうなずいた。
「なんだ。気になるな」
「いろいろつながっとるもんじゃ、と思うてな。――さ、そろそろやってもらおうか」
「按摩(あんま)みたいに申すでない。はじめるのは八ツ半だ。もうしばらく待っておれ」
 碓氷同心がそう言ったとき、
「お待ちくだされ」
 入ってきたのは皐月親兵衛であった。
「皐月氏、なにごとでござる」
「そのものはそれがしが召し捕ったるもの。お役目の責務として、牢問いに立ち会わせていただこうと思うてな」
「それは殊勝なる心がけ。なれど、牢問いはわれら吟味役の仕事ゆえ、お任せいただきたい」
「無論、口出し、手出しはせぬ。ただ、この一件、いろいろ思うところもこれあり、後学のために牢問い拝見つかまつらん」
「そこまで申されるならばご同席くだされ。なれど、くれぐれも口出し、手出しご無用にお願いいたす」
「わかっておる。――なれど、此度(こたび)の火付け、数々の不審あり。この和尚の名義で刷られた刷り物だが、配っていた人物はこの東町奉行所に匿(かくま)われていたことをご存知か」
「――なに?」
 吟味役同心は眉根を寄せ、
「皐月氏は頭がおかしゅうなったのか。そのようなはずはなかろう」
「また、花井戸さまは我らがなにも知らぬうちから、要久寺の住職の身辺を見張れ、なにかしでかすはずだからすぐに召し捕れ、との指図をなされたのだぞ」
「それは……いずれよりかネタを摑(つか)んでおられたからだろう」
「そのネタもとについては一切申されぬ。それに、鴻池善右衛門(こうのいけぜんえもん)を襲った刺客が落としていった刷り物が東町奉行所内で刷られた形跡がある。しかも、花井戸さまはその件については調べてはならぬと申されたのだ」
「…………」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

Back number