よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「碓氷殿、これら一連の裏にあるものがなにかわかるまで、責めを日延べしてはいただけぬか」
「残念だが、貴殿の話がまことのことだという証拠もない。にわかに信じるわけにはいかぬ。拙者は花井戸さまから、本日八ツ半より牢問いをはじめよ、と命じられておる。いたずらに延ばすことはできぬ」
 八ツ半といえばあと一刻半(三時間)ほどしかない。
「責めをするにはお頭の許しがいる。お頭の許しは得たのか」
「花井戸さまにそう聞いておる」
「花井戸さまは嘘(うそ)を申されておいでだ。おそらくお頭はなにもご存知ないのだ」
「そんな馬鹿な……」
「碓氷殿、それがしと貴殿との長い付き合いに免じてなにとぞしばしの猶予を……。幾たびも飲みにいった仲ではないか。貴殿がお内儀に内緒で新町(しんまち)の女郎に入れあげたのがバレて、お内儀に屋敷を追い出されたとき、それがしがあいだに入って……」
「そんなことは知らぬ! ともかく花井戸さまの命に従うまで。貴殿も、職を辞す覚悟がないなら、出過ぎた真似(まね)は慎むことだ」
「碓氷殿……花井戸さまは、この和尚がなにかをしでかすゆえ、要久寺の周辺を見張っておれ、なにかあったらすぐに召し捕れ、と仰せであった。まるで、未来のことがらがわかっておるような口ぶりであったのだ」
「…………」
「頼む。それがしはこのものの無実を信じておる。その証拠を摑むまで、待っていただけぬか」
「罪というのは、一個人が信じたり信じなかったりする類のものではない。厳然たる事実なのだ」
「では、どうあっても……」
「無論だ」
 皐月親兵衛はため息をついて大尊和尚に向き直り、
「すまぬ。和尚を救うてやれなんだ。わしが上役の言うとおりに和尚を召し捕ったばっかりに……」
 うなだれる皐月に大尊は皮肉な口ぶりで言った。
「ふっふっふふふふ……すまじきものは宮仕えじゃのう。うえから押し付けられれば、嘘とわかっていても従わざるをえないとは……人間、おぎゃあと生まれてきてかかる目に遭うとは情けないことじゃ」
 皐月親兵衛は無言のまま天満(てんま)牢を去った。その顔には、なにかを決した表情が浮かんでいた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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