よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

 雀丸は蟇五郎を横目でにらみ、
「仲間の難儀なのにちょっと薄情じゃありませんか」
「仲間? あんな酔いどれ坊主、仲間でもなんでもない。わしが仲間やと思うとるのは……店のもんだけや」
「え……?」
「雀さん、わしはうちの店におる一番番頭、二番番頭、手代、丁稚(こども)、女子衆(おなごし)にいたるまで、みな奉公人やのうて仲間やと思とる。一緒に地雷屋を支えとる仲間や。そいつらに飯を食わして面倒を見るのがわしの務めや。三すくみにしても、店がなんとか回っとればこそ余力で手伝(てつど)うとるのや。まずは商い、それからほかのこと……順番を間違えたらあかん」
「そうですか、わかりました」
 雀丸はため息をつき、店を出ようとしたが、暖簾(のれん)のところで振り返り、
「この件の裏にはなんだかきなくさいものがあります。ただの揉(も)めごとじゃない。近々、きっとなにか大きなことが起こります。目先の商いも大事ですけど、そうなってしまったら商いどころじゃなくなりますよ。大坂の町がどうなってもいいんですか」
「ははははは……占い師みたいなことを言う。まさかまた大塩の乱みたいなことが起こる、ゆうのとちがうやろな」
「それはわかりませんが、大坂の、いや、この国のみんなが安心して暮らせるようにしなければ……」
「あんたも商売のために横町(よこまち)奉行を休んでたやないか」
 雀丸は頭を搔(か)いた。そう言われると一言もない。

 雀丸は東町奉行所に行き、門番のひとりに、皐月親兵衛をちょっと呼んできてほしい、と願い出た。
「皐月さまになんの用件だ」
「私は、要久寺の大尊和尚の友だちです。皐月さんが大尊和尚を召し捕られたと聞きまして、少しお話ししておきたいことがあってやって参りました」
「うむ……そういうことなら皐月さまにうかごうて参るゆえ、ここで待っておれ」
 しかし、しばらくしてから戻ってきた門番は、
「皐月さまは他出中だ」
「どこへ行かれたのですか」
「わからん」
「わからないはずないでしょう。町奉行所の同心は、どこかに出かけるときは用人さんや上役に申し出て、許しを受けるはずです」
 門番は困ったような顔で、
「それがだな……八幡さまも皐月さまの行く先が知れぬゆえ探しておられるようなのだ」
 どうやら居留守や嘘ではないようだ。
「わかったな。わかったら帰れ帰れ」
「あのー……大尊和尚さんの牢問いは今日のいつから行われるのですか」
「そんなことは俺は知らぬ。知っていても、なにゆえおまえに教えなければならぬのだ」
「あなたも、友だちが牢問いにかけられるとわかっていたら心配になるでしょう?」
「まあ、そうだが……詳しい時刻は言えぬ」
「あと、どれぐらいではじまりますか」
「そうだなあ……うーん……一刻半ぐらいは先だろう」
「ありがとうございます。恩に着ます」
 ここにいてもしかたがない。雀丸は一旦戻ることにした。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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