よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

 天満から浮世小路(うきよしょうじ)までとぼとぼ帰ってくると、家のまえに加似江(かにえ)が立っていた。
「どうしたのです」
「おまえに客が来ておる。早う入れ」
 土間に突っ立って待っていたのは、皐月親兵衛であった。
「皐月さん! 今、皐月さんに会いに東の御番所まで行ってきたところです」
「入れ違いだったか」
「居どころがわからない、と門番さんが言ってました。八幡さんが探しているみたいでしたよ」
「そうだろうな」
 皐月親兵衛は悲しげに笑った。
「どうぞ、座ってください。お祖母(ばあ)さま、お茶もお出しせずに……」
「いや、このままでよい。茶も、わしが断ったのだ。――雀丸殿、横町奉行としての才を見込んで教えてほしいことがある」
「なんでしょう」
「わしは一介の小吏(しょうり)にすぎぬ。上役の言うことには逆らうことのできぬ宮仕えの身だ。なにも探るな、見るな、聞くな……と言われたらごもっともでござると引き下がるしかない。だが……わしはどうしても此度の件の裏にあることを知りたい。どうしてもだ。たとえ知ったからと言うてなにもできぬかもしれぬ。なれど……ただ、知りたいのだ」
「わかります」
「そこで雀丸殿の知恵を……土佐(とさ)で万次郎(まんじろう)の謎を見事に解いたその知恵を拝借して、なにが起きているのかを暴きたい」
「私の浅知恵でよければいくらでもお貸しします」
「それはありがたい。――わしが大尊和尚を火付けの罪で捕縛したことは聞いておろう」
「はい……」
「あれは花井戸さまという筆頭与力の指図なのだ。東町で働くものは花井戸さまには逆らえぬ」
「園(その)さんからお聞きしました。――花井戸さんよりもえらいひとはいないのですか」
「お頭だけだ」
「そうですか……。では、大尊和尚を救う手立てはないのでしょうか」
「まことの下手人を見つけ出し、動かぬ証拠とともに差し出すよりほかないが、わしは上役からこの件に関わることを禁じられておる」
「花井戸さんというひとは、鴻池善右衛門さんの件も揉み潰してしまったそうですね」
「さよう……。善右衛門を襲った刺客三人のうち、ひとりは東町のものではないか、という疑いがある。それが、揉み消した理由(わけ)に通ずるのかもしれぬ」
「皐月さんがご存知のお方ですか」
「おそらくは、物書き方同心尾上権八郎(ごんぱちろう)という男だ」
「ええーっ!」
 雀丸は仰天した。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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