よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「知っておるのか」
「そのひとの妹さんがうちに竹光を頼みにきたのです。そのあと、尾上さんという方が怒鳴り込んできました。どうやら妹さんがお兄さんにひと殺しをさせないために腰のものをすり替えたらしくて、大事な仕事で大恥を搔いた……と言ってましたけど……」
「それだ! 善右衛門は刺客のひとりに袈裟懸(けさが)けに斬られたはずなのに、なぜか吹っ飛ばされただけですんだ。きっとあれは雀丸殿の作った竹光だったのだ」
「ははあ……なるほど……」
「尾上が落としたとおぼしき刷り物がこれだ。花井戸さまがくしゃくしゃに丸めて八幡さまに投げつけたのを、わしが取り戻したのだが……使われているのが東町の公事(くじ)書付の反故紙(ほごがみ)なのだ」
 皐月親兵衛は一枚の紙切れを雀丸に見せた。羽織袴(はかま)姿の大猿が白いものを美味(うま)そうになめている。上部に「十四十三」という文字が刷られ、下部に「兎殿 水無月猿殿蛙」と走り書きがある。
「この字の筆跡が尾上権八郎のものなのだ。八幡さまが、右に払うべきところを跳ね上げているところ、『か』の文字の丸め方などが尾上の文字癖だ、とおっしゃったので気づいたのだが……なんのことだかわかるか?」
「いえ……猿殿に蛙(かえる)に兎(うさぎ)か。鳥羽絵(とばえ)のようですね」
 鳥羽絵とは鳥羽僧正が描いたとされる「鳥獣戯画」のことである。猿や蛙、兎が相撲を取ったりする風刺画だ。
「ううむ……わからぬ」
「ちと、見せてみよ」
 それまで黙って茶を啜(すす)っていた加似江が覗(のぞ)き込み、
「これは、水無月に猿殿という御仁が蛙……つまり帰ってくるということではないかのう」
「では、兎とは?」
「東町奉行所に、兎という与力か同心はおらぬかや」
「お、おりました! 因幡重左衛門(いなばじゅうざえもん)という与力で、因幡の白兎から『兎』というあだ名がついておりました。大塩の乱のとき、大塩にひそかに加担していた、ということが露見して切腹を命じられたにもかかわらず逃亡して、いまだに見つかっておりませぬ。三人の刺客のうち、ひとりは因幡重左衛門だったのかも……」
 また大塩か、と雀丸が思った瞬間、あることが頭に浮かんだ。
「皐月さん……この大猿がなめているのって、もしかしたら『塩』じゃないでしょうか」
「かもしれんが、だとしたらどうなのだ」
「大きな猿……大猿……これの読みを変えると『おおえん』です。大塩も『おおえん』と読めます」
「あ……」
 皐月は目が覚めたような顔をした。
「では、この『十四十三』というのは……」
 加似江が、
「これも言葉遊びだとしたら、『とよとみ』じゃな」
「とよとみ?」
「太閤(たいこう)さんのことじゃ。大塩は世直しを謳(うと)うて乱を起こした。太閤さんの昔に帰ろう、ということではないかな」
「それは……徳川の世を覆す、ということか……」
 皐月の顔は蒼白(そうはく)だった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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