よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「じつは……八幡さまからの火急の用件というのは嘘いつわりでございます」
 石田奉行は目を剥(む)き、
「なに? どういうことだ!」
「は、はい……それがし、昨日夜、花井戸さまの指図により、火付けの罪にて要久寺住職大尊和尚なるものを召し捕りましたが、それは冤罪(えんざい)にて、まことは花井戸さまをはじめ数名のものによる仕業であることを、それがしつきとめましてございます」
「まことのことか!」
「ははっ……しかも、先日の鴻池善右衛門が襲われ、駕籠(かご)屋が大怪我(おおけが)をした一件も、彼ら一味が関わっていること明白となりました」
「うーむ……」
「もちろんそれがし、かかる大事を証拠もなしに申し上げておるわけではございませぬ。たしかな証拠がございます。それが、これ……」
 皐月は二枚の刷り物を石田のまえに示し、つまびらかに説明を行った。
「わが東町奉行所の奥深くに大坂の民の安寧を覆さんとする徒党が巣食うておることは間違いございません。彼奴(きゃつ)らこそ獅子身中(しししんちゅう)の虫。ただちに大尊和尚を解き放ち、花井戸一派を根絶やしにするべきです」
「なるほど、そのほうの申すこと、ようわかった」
 皐月は胸を撫で下ろし、
「わかっていただけましたか」
「なれど、花井戸たちはなにゆえこのように大それたことを企(たくら)んだのであろうのう」
「そこまではわかりませぬが……おそらく十六年まえに起きた大塩の乱になんらかの関わりがあるものと思われます。花井戸さまに直々におたずねすればわかることかと……」
「ふうむ、さようか」
 石田は薄笑いを浮かべると、
「では、たずねてみよう。――花井戸!」
 内側の襖がからりと開いた。そこには花井戸与力が立っていた。なにが起きたのかわからず目を白黒させている皐月親兵衛に石田奉行は言った。
「皐月、おまえは知らぬとみえるな。わしは、かつて大塩平八郎殿と昵懇(じっこん)の間柄であった」
「えっ!」
 皐月は蒼白になった。脇の下から汗が滲(にじ)み出る。
「わしは、もとは侍ではない。美濃(みの)郡代所の地役人の四男坊であったが、同地が飢饉(ききん)になったおり、口減らしのために江戸に奉公に出された」
 皐月親兵衛は石田がなぜ急に身の上話をはじめたのか、といぶかしんだ。
「江戸で公儀役人宅に奉公しているとき、そこの主(あるじ)に気に入られ、知り合いの御家人の婿養子となった。のちに御家人を継いで侍となったが、粉骨努力の甲斐(かい)あって、旗本に取り立てられた。そのあと普請奉行から堺奉行、駿府町奉行を歴任したのだが、堺奉行のときに大塩平八郎殿と交友があったのだ」
「…………」
「そのあと大塩の乱が起きたため、一度差し控えを受け、江戸で小普請組入りをした」
 差し控えとは罷免のことである。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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