よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka


「花井戸さま、なにごとでござるか」
 吟味役同心の碓氷徳太夫が言った。すでに大尊は諸肌(もろはだ)を脱いだ状態で責め部屋の中央に引き据えられ、後ろ手に縛られている。打ち役が箒尻(ほうきじり)という竹棒を持って後ろに立っている。
「うむ、お頭からの急なお指図だ。今から行うこのものの責めは、ここなる皐月親兵衛が扱うこととなる」
 碓氷は顔をしかめ、
「それは解せませぬ。われら吟味役を差し置いて定町廻(じょうまちまわ)りの皐月殿が牢問いをするは、領分をわきまえぬことのように思われまするが……」
「普段はそうだが、これはこのとおり……」
 花井戸は石田奉行からの指図書きを碓氷に示した。碓氷は不快げにそれを読み、
「お頭からのお指図、たしかに承った。なれど……われら吟味役はいわば汚れ仕事を強いられ、それなりの気概をもってたずさわってきた。それを、一枚の紙切れでなんの関わりもない定町廻りに譲れ、というは納得がいきかねまする」
「碓氷、お頭の指図書きを紙切れと申すは不敬であろう。それに、皐月は何の関わりもないわけではない。この坊主を召し捕ったるは皐月なのだ」
「それがおかしいと申しております。皐月が申すには、花井戸さまは事前に火付けのことを知っておられたそうでございますな。易でも立てられたのか」
「口が過ぎるぞ、碓氷」
「われらとて、釈然とせぬ牢問いなどしとうはないが、お頭の指図ゆえ従(したご)うております。それを、なんの説明もなく、皐月殿に代われというのは……」
「碓氷、向後も東町奉行所の役人でおりたいならば、黙って言うことをきけ」
「…………」
 碓氷同心は不快そうに打ち役に顎をしゃくった。打ち役は箒尻を皐月親兵衛に手渡した。碓氷は皐月に言った。
「まずは笞(むち)打ちからだ。これで吐かねば、つぎは石を抱かせるのだが、たいていは笞打ちだけで白状する。ただ……皐月が耐えられるかどうか……」
「どういうことだ」
「棒で打つだけだと甘くみぬことだ。先の割れた竹で打つと、背中の肉が破れる。打ち役のものも、初心のうちは吐いてしまうほどのむごたらしさなのだ。ましてや素人(しろうと)の皐月ではのう」
「な、な、なにを申す。それがしとて町奉行所同心として幾多の修羅場を潜り抜けてきた身だ。たかが笞打ちごときで吐いたりするものか」
「それともうひとつ……手加減をしようと思わぬようにな。打ち手が力をゆるめるとよけいに痛む。一打一打しっかりと打つことだ。まあ、この年寄りならば二打ほどで音を上げ、なんでもぺらぺらしゃべるだろう。なかには一打目で死んでしもうたものもおるからな」
 大尊が顔を上げ、
「ふたりとも、いらぬ講釈を垂れ流しておる暇があったら、早う打たぬか。待ちくたびれて寝てしまうわい」
 皐月親兵衛は、
「わかった。望みどおり打ってやる。覚悟はいいな」
「覚悟? 禅坊主は、日々、覚悟とともに生きておる。生きることがすなわち覚悟なのだ。――さあ、やれ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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