よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

 皐月は箒尻を振り上げたが、その手が固まってしまい、打ち下ろすことができない。打てば、大尊の背中の肉は破れるだろう……そう思うと手が震えてくる。それを覚(さと)られないようにしようとすると一層震えが強くなる。しかも、足もがくがくしはじめた。なにしろ拷問など生まれてはじめてなのだ。だが、ここで牢問いを放棄したら、自分が花井戸に斬られてしまう……。
(ええい、どうにでもなれ!)
 箒尻を振り下ろそうとした瞬間、なにかが天井から降ってきた。町人体の男だ。
(夢八……!)
 皐月はその男が夢八だとすぐに気づいた。夢八は皐月に向かって、
「おまえら、この坊さんに指一本でも触れたらわたいが許さんで!」
 そう叫ぶと、皐月の手から箒尻をもぎ取り、それで皐月の顔面をしたたかに打った。
「痛あっ!」
 夢八はもう一発、皐月の胸板をそれでずどんと突いた。皐月親兵衛は吹っ飛んだ。
「へへっ、ざまあみさらせ」
 夢八は大尊を背負うと、責め部屋から走り出た。花井戸が、
「曲者(くせもの)だ! なにをしておる、早う追わぬか!」
 そう怒鳴ったが、碓氷たちは呆然(ぼうぜん)として動こうとせぬ。
「馬鹿ものめ! 追えっ! やつらをこの牢屋敷から生かして出すな!」
 やっと碓氷たちは我に返り、ふたりのあとを追いかけていった。花井戸は、床に伸びている皐月親兵衛をちらと見て、
「役立たずめが」
 そう吐き捨てると自分も責め部屋から出ていった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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