よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

「ふふふふ……これでよし。今日は北の新地で散財や。昼遊び、それも一刻(いっとき)ぐらいなら大事ないやろ」
 善右衛門が路地を抜けようとしたとき、
「待っていたぞ」
 後ろから声がかかった。ぎょっとして振り向くと、ふたりの侍が立っている。顔は覆面で見えないが、明らかに先日の連中だ。
「しもた……」
 裏口に戻ろうとしたが、べつの侍に通せんぼされた。侍たちは全部で六人。善右衛門を取り囲んでいる。逃げ場はない。
「このまえのしくじりを取り返す機だ。おまえがやれ」
 ひとりの侍が隣の侍にそう言った。
「わ、わかった……」
 言われた侍は抜刀し、善右衛門のまえに立つと、
「おまえに意趣遺恨があるわけではないが、やむをえぬ訳があってどうしても斬らねばならぬ。――死んでくれ!」
 侍が先日同様、袈裟懸(けさが)けに斬りつけようとしたとき、突然、裏口の戸が開いた。侍は開いた戸に後ろから腰を強く打たれてその場に倒れた。飛び出してきたのは善右衛門の三女、さきだった。
「お父ちゃん、無事か!」
 侍たちがあわてて、
「ええい、尾上(おのえ)、なにをしておる、このたわけめ!」
「お父ちゃんになにするねん!」
 さきは侍たちに石をぶつけながら飛びかかっていった。その声を聞きつけた用心棒たちがつぎつぎと裏口から現れて、刀を振りかざして侍たちに押し寄せた。侍たちは半ば退きながら抜き合わせ、倒れた男に向かって叫んだ。
「尾上、早う斬れ! 善右衛門を斬るのだ!」
 倒れた武士は必死で起き上がり、善右衛門に一歩近づいたところを用心棒のひとりに、
「でえいっ!」 
 真っ向から首筋を打たれて、崩れ落ちた。

 竹光屋(たけみつや)の土間で園(その)が雀丸(すずめまる)に、大量の刷り物を見せている。塩をなめる猿が刷られたもののほかに、要久寺(ようきゅうじ)住職名義の例の「赤猫」の文もあった。
「尾上さまにはご両親がなく、妹のキクさまと奉公人ふたりの四人住まいです。まことは尾上家の次男で、母親は権八郎(ごんぱちろう)さまを産んですぐに亡くなり、後添いに来た新しい母親に嫌われて幼いころから親類に預けられていたのですが、跡を継ぐはずのご長男が急逝され、家に戻されたのだそうです。ですから、それからかなり辛(つら)い思いをなさったとか……」
「そうですか……」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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