よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

「あれは天下を覆そうとしたのではなくて、大坂の町奉行所や大商人を誅(ちゅう)するつもりだっただけなのです。たとえば由井正雪(ゆいしょうせつ)の乱のときは、丸橋忠弥(まるばしちゅうや)が江戸城の火薬庫に火をつけるのをきっかけに大名屋敷などに放火して、その混乱に乗じて上(うえ)さまを拉致する計画でした。あわてて江戸城に集まってきた老中たちを鉄砲で皆殺しにします。時を合わせて京都と大坂でも兵を挙げ、宮中から帝(みかど)を誘拐して徳川家討伐の勅命(ちょくめい)を出させようとしたのです。そうなると徳川家は朝敵、賊軍ですから、大義名分ができる。そこで、日本中から集めた浪人たちによって公儀をやっつける……そんな大きな企てだったのです」
「でも、失敗しましたよね」
「そうですね。身内から裏切り者が出て、事前に企ては漏れていたそうですから……」
「当時はまだ豊臣家の残党や、豊臣家恩顧の大名たちもたくさんいたでしょうけど、今なら乱を起こすなんて、とても無理なんじゃないでしょうか」
「だといいんですが……」
 普通に考えると、どんなに周到な計画を立てたとしてもすぐに鎮圧されるだろう。だが……。
(なにかとんでもないことを考えているのかもしれない……)
 雀丸は自分の勘が外れることを願った。
「とにかく皐月(さつき)さんの帰りを待ちましょう。町奉行の石田(いしだ)さんが皐月さんの証拠を取り上げてくださって、大尊和尚(だいそんおしょう)さんが解き放ちになればいいんですが……」
 そのとき、入り口からなにかがものすごい勢いで飛び込んできた。てっきり皐月親兵衛(しんべえ)だと思った雀丸は、それが夢八(ゆめはち)で、しかも大尊和尚を背負っていたので驚いた。夢八は大尊を上がり框(がまち)に放り出すように下ろすと、
「えらいこったっせ! 皐月さんが大尊和尚を牢問(ろうど)いしようとしましたんや」
「なんですって!」
 雀丸はもともと丸い目を丸くした。
「わたいは様子を探るだけのつもりだしたのやが、花井戸(はないど)一味に取り込まれてしもた皐月さんが大尊和尚を笞(むち)打ちしようとしたんでどうにも見てられず、和尚を助け出してしもた。追っ手がかかったさかい、撒(ま)くのに苦労しましたわ。あー、しんど」
 園が青ざめて、
「父が……父が大尊さんを打とうとしたのですか!」
 大尊和尚がいたって気楽な語調で、
「いやいや……皐月殿はおそらく相手のふところに入り込んで真相を探るおつもりであろう」
「どうしてそう言い切れるのです」
 雀丸が言うと大尊は笑って、
「わしを見るあのひとの目は澄んでいた。やましいことはなさそうであったぞ」
 雀丸はうなずいて、
「和尚さんがそう言うなら間違いないでしょう」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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