よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

「曲者は捕らえたか」
「いえ……取り逃がしました」
「正体はわかっておるのか」
「それもまだ……」
「むむ……これは容易ならざることだ。われらの企てに気づき、妨害しようとしておるものの仕業かもしれぬ」
「そうではありますまい。おそらくは大尊の知人が牢問いをされると聞いて奪還に参ったのでございましょう」
 良苔は酒をあおり、
「くそっ、大尊め。牢破りとはだいそれたことをする。与力(よりき)、同心をあげて居所を突きとめ、縛り首にせよ!」
 花井戸が、
「はい、そのように……」
「いや、待て」
 石田が制した。
「放っておけ。もとは良苔の私怨から出たこと。これ以上の深入りは危うい」
 良苔は赤い顔をいっそう赤くして、
「なぜじゃ。東町奉行所の大失態ではないか!」
「大尊のことは、うちはもともと関わりがないのだ。おまえが火付けなどしなかったらなにも起こらなかった。ここいらが引き揚げ時だろう」
「くそっ……」
 花井戸は石田に頭を下げ、
「もうひとつ失態がございます」
「なにい?」
「鴻池善右衛門の件ですが、尾上がまたしくじりをやらかし、討ち取りそこねました」
「どいつもこいつも役立たずばかりだ。大塩殿に顔向けができぬ。鴻池の件は大名たちから急(せ)かされておる。数日のうちにはなんとかせねばならぬ」
 石田は苦りきった顔で言った。花井戸が、
「それこそ放っておいてはいかがでしょう。鴻池善右衛門を誅したところで、われらにはさほどの益はございますまい」
「武器調達などでわれらを後押ししてくれている大名たちが、こぞって鴻池から金を借りているのだ。その頼みごとは断れぬ」
 良苔は、
「金を借りておいて、返せぬゆえ、貸し主を殺してしまおう、などというのはヤクザものの考え方じゃな。天下の大名も地に落ちたものじゃ」
 石田はうなずき、
「そのとおりだ。大名などと申しても今や商人の足下に屈しておる。そんな世の中だから、われらの挙兵に勝算がある。鴻池善右衛門の誅殺は、われらの大望の本筋ではない」
 花井戸が、
「すでに決行の日取りは決まりました。鴻池のほうは、もし間に合わなければこの際あきらめましょう」
「うむ……そうだな。ことの順序を間違(まちご)うてはいかんな」
 石田は大きくうなずき、
「手はずとしては、まず城の火薬庫に火を放ち、大爆発を起こす。その混乱に乗じて武器を持って突入し、豊臣家の財宝を奪うのだ。そして、その城に立て籠もり、押し寄せる公儀の軍勢を食い止め、大塩殿が戻ってこられるのを待つのだ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

Back number