よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

 一連の話を天井裏でひそかに聞いていたものがいた。夢八である。夢八は思わず「ええっ」と言いそうになってあわてて口を押さえた。
(どえらいことを言うとるなあ……。マジかなあ……)
 普通なら阿呆(あほう)の大法螺(おおぼら)としか思えないような、たいそうな企てである。
(これは嘘〈うそ〉つきのわたいよりもこいつらの方が一枚うえやで。けど……どう考えても上手いこといくとは思えん話やけど……)
 しかし、彼らの自信に満ちた口調を聞いていると、なんらかの根拠があるとしか思えない。
(これはとんでもないことになってきた。まず城の火薬庫に火を放つ……か。なるほど、大坂城はもともと太閤さんのもんやさかいな、そこに籠城するのは道理に叶〈かの〉うとる。大坂城にある財宝も豊臣家から徳川が奪ったもんやから、これも返してもらう、というわけか……。でも、大塩が戻ってくる、ゆうのはどういう意味合いかいな。大塩平八郎が生きてる、ゆうことか? そんなはずない。大塩は乱のあと逃亡して下船場〈しもせんば〉の美吉屋五郎兵衛〈みよしやごろべえ〉ゆう商人の家にひと月も隠れてたけど、見つかって自決したはずや……)
 大塩平八郎は、町奉行所の捕り方たちに包囲され、火薬を使って隠れ家に火をつけ自害した。そのため遺骸はだれのものともわからぬほど焼け爛(ただ)れていたというが、一年間塩漬けにして保存されたあと、主たる同志たちの遺骸とともに磔(はりつけ)にされた。
(たぶん……大塩二世を名乗るもんが現れる、ゆうことやな。もしくは、大塩は生きていた、ゆうて別人を大塩に仕立てあげて、頭分にするのやろ。けど……籠城してるところに二代目大塩が現れたとしてもどうにかなるとは思えんけどなあ……)
 島原(しまばら)の切支丹一揆(キリシタンいっき)のときの天草四郎(あまくさしろう)のように、象徴として精神的支柱にはなるかもしれないが、それで不利な戦況がころりと変わるとまでは考えられない。
(ま、ええわ。とにかくこのことを一刻も早う雀(じゃく)さんに知らせんと……)
 夢八は凍りついたような手足を動かし、そろりそろりと天井裏を這いはじめた。夢八は忍びのものではないので、こういうふるまいに慣れてはいない。埃(ほこり)が鼻に入るとくしゃみが出そうになるし、何重にも張った蜘蛛(くも)の巣が顔にかぶさると気色が悪い。ネズミや虫がいてもわからない。天井の板は薄いので、よほど気をつけないとたわむし、きしきしと音がしてしまう。しかも、明かりはないので、逃げるべき方向もはっきりしない。だが、今は急ぐべし。芋虫のように進んでいると、
「お頭……お静かに」
 花井戸の声がした。
「む……どうした」
「どうやら虫が一匹入り込んでおるようです。今、取り捨てまするゆえ、しばしお待ちくだされ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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