よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

 夢八はぎくりとした。どうやら見つかったらしい。花井戸が長押(なげし)にかかっていた槍(やり)を手にして、その穂鞘(ほさや)を払ったのが音でわかった。
(ヤバいがな……)
 どうしたものか。狭い天井裏である。逃げ場はない。立ち上がることはおろか膝で立つこともできないのだ。思い切って天井板を外し、飛び降りるか、それともこの姿勢のまま逃げられるところまで這っていくか、動きをとめ息を殺して花井戸が気配を見失うのを期待するか……一瞬のうちにいろいろ考えたがよい思案はない。唇を嚙(か)み締めたとき、襖の開く音がして、
「皐月親兵衛、そこでなにをしておる」
 節穴から下を覗(のぞ)くと、皐月親兵衛が頭を搔いている。
(わたいのことやなかったんか……)
 夢八がじっと見下ろしているとも知らず、皐月は言った。
「あ、いや、はははは、これは花井戸さま、なんとなくこのあたりに参りますればそのなんと申しましょうか……」
「おまえの手にしておるものはなんだ」
 花井戸は皐月が持っている巻本のようなものを指差した。
「さ、さあ、わかりかねます。たまたま手を伸ばしたところにかようなものがあり、いったいなんだろうと思って見ておりましたるところ……」
「なにゆえそれを懐紙に引き写しておるのだ」
「こ、こ、こ、こ……」
「鶏か!」
「こ、後学のためと申しましょうか、なにかの引き合いになるかと思い、あのそのこのどのわわわわわけがわからないと申しましょうか……」
 花井戸は皐月の手から巻本と懐紙をひったくった。
「これは、われら一味徒党の連判状……貴様、これを写し取ろうとしておったのだな」
「連判状でしたか。ああ、そうとは知りませんでした。それではそれがしはこれにて……」
「馬鹿め、無事に帰れると思うか。やはり貴様、裏切るつもりだったのだな」
 花井戸は槍を構えた。皐月親兵衛も鯉口(こいぐち)を切った。
「でえやあっ」
 花井戸の突きは凄(すさ)まじく、皐月はそれを防ぐだけで精一杯だった。二、三合しただけで、皐月は刀を跳ね飛ばされていた。花井戸はここぞとばかりに槍を繰り出し、その先端が皐月の左肩を貫いた。花井戸は一旦槍を引き抜き、
「死ね!」
 心臓を目掛けてふたたび突き出そうとしたので、
(こらもうあかんわ……)
 夢八は飛び降りようとしたが、取り外せる天井板がない。どこか降りられるところはないか、と必死で探していると、
「皐月氏……!」
 その場に駆けつけたのは、尾上権八郎だった。尾上は血だらけの皐月をかばうようにして、
「さ、お逃げなされ。ここはそれがしがなんとかいたす」
 花井戸は舌打ちをして、
「尾上、貴様も裏切るつもりか」
「裏切るのではない。おまえたちの志とやらの化けの皮が剥がれただけだ。それがしは今までだまされていた。なにが天下のためだ。それがしは目が覚めたのだ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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