よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

 四人は部屋を出ると、廊下の隅に座った。園は悄然(しょうぜん)として下を向いている。雀丸にはかける言葉もなかった。そんな重い空気のなか、夢八が東町奉行所で見聞きしたことを詳しく語った。
「どんどんたいへんなことになっていきますね……」
 雀丸はため息混じりに言った。さきが、
「大塩が戻ってくるのを待つ、というのはどういうことやろ。そのひと、とうに死んだんちゃうの?」
 夢八が、
「たぶん大塩二世とか名乗るやつを大将にすえるつもりなんや。それか、顔のよう似たやつを『じつは大塩は生きていた』とか言うて連れてくる、とか」
「そんなやつに代わりがつとまるやろか」
「なんでもええのや。どうせ看板みたいなものやさかいな」
 雀丸が、
「でも、そいつは今どこにいるんでしょう。なぜ、『戻ってくる』のでしょう」
「さあ……それは……」
 さきが、
「ほんまに大塩が生きてる、ゆうことはないん?」
 雀丸はかぶりを振り、
「ないと思います。自決したとき、死体は火薬でぼろぼろだったらしいですけど、もしそれが替え玉だったとしても、公儀が日本中を血眼になって残党狩りしたのですから、十五年も隠れ続けていたとは思えないです。たとえ薩摩(さつま)や蝦夷地(えぞち)に逃げたとしても見つけ出したんじゃないでしょうか」
 夢八が、
「せやけど、これであいつらがやろうとしてることがはっきりしたわけや。大坂城の火薬庫に火を放ち、混乱に乗じて城を乗っ取る、ちゅうのやさかい、とにかく大坂城の守りを固めんと……」
 雀丸が眉間に皺(しわ)を寄せ、
「でも、大坂城代がそんな途方もない話、信じてくれますかね。東町奉行が黒幕で、大坂城を乗っ取って豊臣家の財宝を奪って籠城するなんて……講釈師や歌舞伎作者でも書かないようなめちゃくちゃな筋書きですから」
 それまで黙っていた園が顔を上げ、
「お父さまが書き写そうとしていた一味徒党の連判状さえあれば、大坂ご城代も動いてくださったと思うのに……残念です」
 夢八が急に思い出したように、
「そや、忘れてた。尾上さんからなにか預かったもんがあったんや」
 そう言うとふところから長さ三寸ほどの棒のようなものを取り出した。それは巻本で、広げてみると、

総大将 大塩中斎(ちゅうさい)
副大将 石田孝之(たかゆき)(坂)

 ではじまり、およそ三百名ほどの名前がずらりと書かれていた。おそらく原本は本人が署名して血判を押していると思われた。名前に肩書き等の記載はなかったが、名前の後に「坂」という文字が記されているものが二百五十名ほどいた。なかには「府」と書かれたものもあったが、なにを意味するのかはわからぬ。雀丸は、
「尾上さんは万が一のときに控えを作っていたのですね。ほら、ここに……」
 巻末には、「癸丑(みずのとうし)の年二月吉日 尾上権八郎 これを写す」とあった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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