よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

 夢八は涙をこぼし、
「尾上さんは、わたいが公儀隠密やと言うたのを真に受けて、この一巻をわたいに託しはったのや。すんまへん、尾上さん、あれ嘘だすねん。わたいはただの沙汰(さた)売りや」
 雀丸は、
「いえ、夢八さん……尾上さんがあなたにこれを託したのは正しい選択でした、たぶん……」
 そして、巻本を押しいただくようにして、
「尾上さん……あなたの死を無駄にはしませんよ」
 園が、
「どうなさるおつもりですか」
「大坂城代に会いにいきます」
「会ってくれるでしょうか」
「だんどりを踏みます」
 雀丸は決然として立ち上がった。

 西町奉行本俵近江守(ほんだわらおうみのかみ)は眉をひそめた。
「鴻池善右衛門が参った、とな?」
 用人が、
「火急の用件とかで、殿にお目にかかりたいと……。用心棒らしきものやらなにやらたいへんな人数を連れてやって参りました」
「以前会(お)うたときは、仰々しい外出(そとで)は嫌いだと申しておったがのう……」
「いかがはからいましょう」
「ふむ……今月うちは月番ではないが、まあ、善右衛門が会いたいと申すのだから無碍(むげ)に断るわけにもいかぬな。よし、通せ」
 しばらくすると鴻池善右衛門が小者らしき男をひとり連れて現れた。善右衛門は襖の外で平伏している。
「入れ」
「へえ……」
 小者を連れて入室しようとしたので用人が、
「これ、お供の衆は廊下で待たせておけ」
「いえ、本日はわしやのうて、このものがお奉行さまに用があるとのことで連れて参ったのでございます」
「なんだと?」
 本俵は小者の顔を見た。
「私は横町奉行を拝命しております竹光屋雀丸と申します。以後よろしくお願い申し上げます」
「横町奉行? 町人のあいだでそのような役があるとは聞いておるが……その横町奉行がなんの用だ」
 善右衛門が、
「今からこのものの申しますこと、すべてまことのことでございます。わしが請け合います」
 西町奉行は苦笑いして、
「たいそうな物言いだのう。――ま、申してみよ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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