よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

 それから雀丸はことの次第をかいつまんで順々に申し述べた。はじめは薄笑いを浮かべていた本俵の顔つきが徐々に変わっていった。そして、最後に連判状の写しを見せると、
「うーむ……」
 唸(うな)ったまま黙り込んでしまった奉行に用人が、
「殿、たぶらかされてはなりませぬぞ。東町の石田さまが謀反(むほん)を企てている、とか、大塩が生きている、とか、豊臣の世に戻す、とか……荒唐無稽にもほどがある。おおかた黄表紙の読みすぎで頭がおかしくなっておるのでしょう。取り上げることはございませぬ」
「いや……そうとはかぎらぬ」
 本俵は言った。
「この連判状のなかには、西町奉行所の与力、同心の名も見える。そして、その連中は皆、大塩と親交があったものたちだ。わしは着任時、大塩の思想が今も影を落としていないかをたしかめよ、とご老中から念を押されていたので、いろいろと調べた。それゆえ存じおるのだ。それに……天下の鴻池がなにゆえ嘘、でたらめを申すことがある」
「では……東町奉行の謀反、まことのことだと……」
「かもしれぬ。いずれにいたせ、大坂城代にはこのこと、知らせておかねばならぬ」
 雀丸は頭を畳にすりつけ、
「ありがとうございます! これで尾上さんも浮かばれます」
「ことは隠密裏に行うべし。東町奉行にわれらが感づいていることを知られてはならぬからな」
「はい……ですが、彼らは公儀隠密に挙兵のことがバレたと思っています。きっとすぐにことを起こすと思います」
「うむ」
 本俵近江守は立ち上がると、
「今から大坂城に参る。馬引け」
 用人が大あわてで部屋から出ていった。本俵は雀丸に、
「雀丸とやら、その方も同道いたせ」
「はいっ」
 雀丸はうなずいた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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