よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka


 西町奉行の話を聞いた大坂城代守口貞尚(もりぐちさだなお)は蒼白になった。大坂城代は、旗本が就任する町奉行などとは違って、五、六万石の譜代大名が任に当たる重要な役割である。城主である将軍家の名代として大坂城を預かっているのだから、もしふたたび十六年まえのような乱が大坂で起こったなら、責任を問われることは明白である。乱の結果如何(いかん)によっては、下手をすると切腹……ということも考えられる。
「まことのことであろうの」
 守口は念を押した。本俵近江守は雀丸のほうをちらと見て、
「そのように思います」
 守口は連判状に目を落とし、
「大坂城に勤めるものの名前もちらほら見受けられる。これがまことであれば、なるほど火薬庫に火を放つぐらいのことは易(やす)かろう」
 万治(まんじ)三年に大坂城の火薬庫に落雷したときは、二万二千貫の火薬が爆発した。天守閣をはじめ多くの建物が吹っ飛び、三十人近い死者が出たという。
「敵に知られぬようひそかに支度を整えて待ち受け、一網打尽にすべき、と考えます」
 本俵が言うと守口もうなずき、
「ただちに火薬庫だけでなく城内、城外のすべての守りを厳重にし、襲撃に備えねばならぬ。だが、そのまえにこの連判に名のある城内のものどもを捕縛するのだ。それも、覚(さと)られぬように動かねば……」
 守口は頭を抱え、
「あああ……なにゆえわしの在職中にかかる大事が起こるのだ。毎朝かかさず、なにも起こりませぬよう……と神棚に手を合わせてきたのに……なにゆえだあっ!」
 本俵は、
「そんなことは存じませぬ。とにかくやるべきことをなさいませ」
 守口は、副城代格の京橋口定番(きょうばしぐちじょうばん)、玉造口(たまつくりぐち)定番や警備の主役である東大番、西大番などといった主だった重職を秘密裏に呼び寄せた。謀反のことを知らせると一同はこぞって驚愕したが、
「この連判に名のあるものを配下に持つものは、今すぐ召し捕るように」
 との指示を受けて、それぞれの持ち場に戻っていった。
「これでよい。なにもかも上手く運ぶであろう」
 守口はそう言ったが、雀丸はまったく楽観できなかった。
 そして、しばらくのちに戻ってきた重職たちの顔色は真っ青だった。
「ご城代……!」
「いかがいたしたのだ」
「わが配下におけるその連判状記載のものどもの所在を確かめようといたしましたるところ……ひとりも見当たりませなんだ……」
「わが配下も同様にて……」
「屋敷を訪ねてももぬけの殻でありまして……」
「捕り方を差し向けましたるところが家人、下僕をはじめだれひとりおらず……」
 どうやら向こうの動きのほうが速かったようだ。なんと、東町奉行の石田までが姿をくらましていたのだ。大坂城代宛に病気療養のためしばらく休む旨の届けが出されたが、一瞬のうちに用人をはじめ私的な家来たちまで全員姿を消していた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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