よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十六話 三すくみ崩壊の巻4

田中啓文Hirofumi Tanaka

「大尊和尚はあかんかもしれんで」
「なにゆえだ」
「下寺町の火事、火もとは要久寺やねん。あの坊主が酔っ払(ぱろ)うて火ぃつけた、ゆう噂(うわさ)もあるらしいわ」
「おのれの寺に火を放つことはあるまい。なにかの間違いではないのか」
「わからんでえ。人間、酔うたらめちゃくちゃになるからなあ。あてが言うとるのやさかい間違いない」
「それはそうだが……とにかく人数を集めねば対抗できぬ」
「あとは蟇五郎か……。もしかしたら雀さんが今頃、ええ手立てを考えてくれとるかもしれんわ。へらへらしてるように見えて、やっぱりなんちゅうたかて頼りになるひとや」
「そうだな……そう願おう」
 雀丸は雀丸でたいへんなことになっていることを、ふたりとも知らなかったのだ。
「おまえが来てくれたからには百人力だ。こうしてはおれぬ。わしは今から書状を書く。かかる陰謀が進んでいることをご老中に伝えねば……」
 武田は身を起こそうとしたが、ばたり、と倒れた。
「兄さん……!」
「めまいがする。身体(からだ)に力が入らぬ……」
 そうつぶやいた武田の顔は土気色になっており、脂汗が滲(にじ)んでいた。鬼御前がその額に手を当て、
「兄さん、えらい熱やわ!」
「くそっ……こんなときに……」
「どないしょ。お医者を呼ぼか」
「そこから足がついてはなんにもならぬ」
「そんなん言うたかて、命あっての物だねやで」
「今、やつらに捕まったら殺される。病に果てるも殺されるも同じこと。ならば、ここで死ぬほうがよい。そうなったら、おまえが雀丸殿とともに江戸に赴き、ご老中にこのことを知らせるのだ……よいな」
「兄さん……死んだらあかん」
 そのとき、だれかが部屋に向かって歩いてくる荒々しい足音が聞こえた。
「だれも寄越してはならぬ、と神社のものに申してあるのに……ついに追っ手が来たか」
「兄さん……」
 部屋の襖が開いた。
「鬼御前……探したぞ」
 立っていたのは烏瓜諒太郎(からすうりりょうたろう)だった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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