よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「雀(じゃく)さん、おるか!」
 どんよりとした空気を吹き飛ばすようにのしのしと入ってきたのは地雷屋蟇五郎(じらいやひきごろう)だった。
「ああ、蟇五郎さん。ようお越し。商いのほうはいいんですか」
「わっはははは。ここんとこたいへんやった。目の回るような忙しさゆうのはあのことやな。けど、ようやく船も出せたし、ひと息ついたところや。これで銭も儲(もう)かる。番頭や手代に給金も払える……万事めでたしや」
 大尊和尚が、
「ふん……うれしがっておるのはおまえひとりじゃ」
「おお、和尚も来とったんか。えらい目に遭(お)うたらしいのう」
「今ごろ遅いわい」
 一触即発の空気になってきたので雀丸が割って入り、
「蟇五郎さん、今日はなにかご用ですか」
「いや、まあこないだはちょっとわしも言い過ぎた、と思てな。大尊和尚のことも鬼御前のことも心配は心配やったのやが、なんせめちゃくちゃ忙しかったもんでついつい依怙地(いこじ)な言い方になってしもた。あれからどうなったかききたいと思てな」
「そうでしたか」
 雀丸は一連のできごとを順序立てて簡潔に話した。尾上権八郎の死や皐月親兵衛の大怪我、町奉行や諸御用調役の陰謀……。聞いているうちに蟇五郎の表情が険しくなっていった。
「えらいこっちゃないか……」
「そうなんです。蟇五郎さんに力を貸してほしかったんですが……」
「すまん。そこまでひどいことになっとるとは知らなんだのや。皐月さんまでが大怪我しとるとは……」
「でも、大坂城で戦(いくさ)支度万全で待ち構えていたのですが、結局はなにも起きなくて……大坂城代の守口さんにすごく叱られました。大坂構えにしてやる、とまで言われてしまいましたよ」
「あんたは大坂の皆のために走り回ったのや。ほめられこそすれ、叱られる道理はない。その流れやったら、だれもが大坂城を攻められると思うわな。なにも起きんかったのはむしろ僥倖(ぎょうこう)や」
「どうしてなにも起きなかったのでしょう」
「さあな……大塩が戻ってくるのを町奉行たちは籠城して待つつもりやったのやろ? 計略を覚(さと)られた、と気づいて、どこぞ山奥かなにかで『大塩待ち』をしとるのかもしれんな。もしくは後ろ盾になっとる大名家に匿(かくま)われてるとか……」
「ありそうな話ですね」
「しばらくは様子見やな」
 園が、
「地雷屋さんはどうしてそんなにお忙しかったのですか?」
「美松屋(みまつや)ゆう瀬戸物問屋からの頼みでな、船五艘(そう)分の瀬戸物を運ぶ仕事を引き受けたのや。なんでも駿府(すんぷ)のご城下に日本一大きな瀬戸物屋を作るらしい。そこへの納品をまるごと美松屋はんが請け負うたのや。街道筋でも大評判になっとるそや。どえらい目論見もあるもんやなあ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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