よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「美松屋さんってもしかしたら……」
 そう言って園は雀丸を見た。
「そうなんです。ちょっと気になります」
「なんやなんや、美松屋はんになんぞあるのか?」
「じつは……さっきから話に出てくる良苔(りょうたい)という一味の親類なんです」
「なにい?」
 蟇五郎は右眉を持ち上げた。
「ほんまか、それ」
 雀丸はうなずいた。
「けどなあ……わしの見たところ、美松屋はんは物堅いひとやけど、悪いひとではないと思うで。相手が大坂ご城代や町奉行でもはっきりものを言う、気骨のあるお方らしいし、天保(てんぽう)の飢饉(ききん)のときは、おのれの蔵を開けて米を町のもんにタダで配ったり、東町奉行ともやり合(お)うたそうや。大塩の乱のあとも、炊き出しやら乱に加わった町人、百姓の助命やらに力を尽くしたて聞いとるが……」
 しゃべりながら蟇五郎の顔がだんだん曇っていった。
「そ、そうか。美松屋は大塩贔屓(びいき)、いや、大塩の仲間やったのかもしれん……」
 驚くほどしょげ返った蟇五郎に雀丸が言った。
「船への積荷は検(あらた)めましたか?」
「いや……それがやな……割れもんやさかい素人(しろうと)は手ぇ出さんとってくれ、と念を押されてな、荷造りは全部、向こうに任せたのや。積み込むのもゆっくりゆっくりでな、それでえろう手間隙がかかったのやが……」
「では、中身がまことに瀬戸物かどうかは……」
「わからん。――もちろん荷造りしとるとこには番頭や手代に立ち会わせたで。けど、きちんと底まで調べてはおらんやろから、ごまかそうと思たらなんぼでもごまかせる」
「船は駿府のご城下に向かったのですね」
「そや……風の具合にもよるけど、早けりゃ六日ほどで着くはずや。出航したのはおとといやからあと四日もすりゃ清水(しみず)港や。そこから陸路を引き返して駿府入り、ゆうだんどりになっとる」
 駿府城下には大船が入港できるような港はないのである。皆が無言になったとき、
「竹光屋雀丸さんのお宅はこちらでござんすかい?」
 入ってきたのは旅姿の男だった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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