よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「ああ、小政(こまさ)さん」
 小政は仁義を切ろうとしたので雀丸はあわててとめて、
「ここは堅気の家ですので仁義はけっこうです。『こんにちは』でお願いします」
「へへへ……こんにちはは堪忍しておくんなせえ」
 小政は照れたように言った。
「以前に一度こちらにうかがったことがありやすが、道を忘れちまいまして、来るのが遅くなりやした。大和(やまと)の荒鹿(あらしか)親分の葬式から大坂に戻ってきたら、鬼御前の親分さんの家が丸焼けになったと聞いて、あわてて居所を探したんだが一家はちりぢりでどうしても知れねえ。一の子分の豆太(まめた)さんも、一家を立て直す元手を稼ぐために安治川(あじがわ)で沖仲仕をしてるらしいんだが、どうしても捕まらねえ。雀丸さんなら鬼御前親分のこと、ご存知じゃねえかと思ってやってきたわけで……」
「鬼御前さんは駿府にいるはずです」
「ああ、やっぱり……」
「ご存知だったんですか」
「駿府のご城下で、鬼御前さんの兄(あに)さんが怪我をして倒れてるところに出くわしましてね、手紙をお預かりしたんでござんす。それを鬼御前さんにお渡ししたので、もしかすると兄さんを助けるために駿府に行ったのかと……」
 雀丸、園、蟇五郎は顔を見合わせた。雀丸が、
「ははあ、そういうことでしたか」
「いったいこいつはどういうことなんで?」
「ちょっと長い話なんですけどね……」
 雀丸はこれまでのことをかいつまんで話した。小政は首をかしげて、
「そいつあおかしいなあ。あっしは清水から大坂まで東海道をずっと旅してきやしたが、そんな図抜けた瀬戸物屋が開業するなんて話は聞いたことがありやせん。評判になっているならあっしの耳に入らねえわけねえんだが……」
「なんやと……」
 蟇五郎は真っ青になった。
「わしは当初(はな)からしまいまであいつにたぶらかされとったんか……。くそっ……この地雷屋蟇五郎を虚仮(こけ)にしよって。断じて許さんで!」
 怒気を顕(あら)わにして土間を拳で叩(たた)き、
「今から美松屋に行ってくる。あのガキ、どうしてくれよう……」
 そう言うと足音荒く出ていった。
「あっしも清水に帰(けえ)ったらこのことをうちの親分に伝えておきやす。清水と駿府はまあまあ近(ちけ)えんで、なにかあったら次郎長(じろちょう)一家もお手伝いできると思いやすぜ」
 雀丸は、
「それはありがたいです。次郎長さんによろしくお伝えください」
「へえ、ではあっしはこれで……」
 小政は三度笠(さんどがさ)をかぶると去っていった。雀丸は、
「こうなると鬼御前さんのお兄さんが大怪我をしている、というのもなにかこの件に関わりがあるのかもしれませんね」
 園が、
「そうですね。でも、駿府のどこにいるのでしょう。たしかお兄さまは駿府のご城代のご配下だと聞きましたが……」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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