よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「豆太さんのところにはなにか知らせてきているかもしれません。安治川は近いですから、今から探しにいってきます」
「では、私も……」
 大尊和尚は長い顎鬚(あごひげ)をしごきながら、
「夢八(ゆめはち)にも来てもらいたいのう」
「そうですね。こうなったら総力戦です。夢八さんは頼りになるひとです」
「では、わしが呼んでこよう」
 三人は連れ立って竹光屋を出た。大尊は立売堀(いたちぼり)へ、雀丸と園は安治川へと向かった。安治川はいつもながら大船、小舟がひしめいている。沖仲仕は、大船から小舟に荷物を降ろすのが仕事だが、たいへんな肉体労働で生半可なものには務まらない。そのかわり手っ取り早く銭になるのだ。
 安治川の浜であちらにたずねこちらにきき、豆太の居場所をたずねてまわったが、沖仲仕は船から船へ頻繁に移るので、なかなか所在がわからない。小政が探し出せなかったのも当然である。しかし、一刻(とき)ほどのち、ようようふたりは艀(はしけ)のうえで汗まみれになって俵を担いでいる豆太を見出した。
「おっ、雀さんと園さん。久しぶり」
 豆太はちょっとのあいだにすっかり日焼けした顔を手ぬぐいで拭った。
「探しましたよ。今どちらにお住まいですか」
「銭がないさかい、友達公(だちこう)の家に間借りして、ひたすら仕事に精出しとります」
「すごい働きっぷりですね」」
「姉さんが戻ってくるまでに一家を立て直す銭の目処(めど)だけでもつけとこ、と思て、がんばってますのや。はじめは本業の博打(ばくち)で稼ご、と思いましたのやが、皆で相談して、博打の銭は大きく増えることもあるけどすっからかんにもなる。家を建てる銭は、減らんやり方で貯(た)めていこやないか……ということになりましたのや」
「いい心がけですね。――ところで、鬼御前さんは今どこにいらっしゃるかご存知ですか?」
「いや、それが……あれ以来なんの知らせもおまへんのや。子方(こかた)一同心配しとりますのやが……」
「そうですか……。豆太さんなら居場所を知っておられると思っていたのですが……」
「姉さんになんぞご用事だすか」
「ええ。――鬼御前さんはなんのために駿府に行かれたのでしょう。お兄さんと会うため、と聞いていましたが、よほど急ぎの用件だったのでしょうか」
「姉さんの兄さんは怪我をしてはるうえ、だれかに追われてる、とか……」
 そこまでしゃべったとき、豆太の顔からみるみる血の気が引いていった。
「どへーっ!」
「どうかしましたか」
「え、え、え、ええええらいこっちゃ。わて、姉さんから雀さんへの大事な預かりもんのこと、すっかり忘れてた!」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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