よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「預かりもん?」
「へえ……姉さんの兄さん、武田新之丞(たけだしんのじょう)さまから姉さんに宛てた書状だす。姉さんが駿府に旅立つまえに、雀さんに渡してくれ、て頼まれとりましたのやが、火事で家が丸焼けになったのと、そのあとはずっとこないして働いとりましたさかい……うわあ、すんまへん!」
「こらあ、そこ!」
 沖仲仕の差配役が怒鳴った。背中一面に鯉(こい)の滝登りの刺青(がまん)を入れている。
「さっきから見てたらちんたら立ち話しとるだけで、ちいとも働いとらんやないか! クビにするぞ!」
「すんまへん!」
 豆太はヤクザとは思えぬほど縮み上がり、俵を抱えようとしたので、雀丸は言った。
「もしかしたらものすごく大事な手紙かもしれないんです。今すぐ読みたいんです。取ってきてもらえませんか」
「今は無理だすわ。わて、クビになってしまいます」
 雀丸はため息をつき、差配役に向き直った。
「四半刻ほどこの場を離れるだけなので、このひとをクビにはしないでください。すぐに戻ってきますから……」
「なんやと? それやったらそのあいだ、おのれが代わりに働かんかい」
「えーっ!」
 しかたなく雀丸は俵を担った。肩に食い込んで、身体(からだ)がみしみし言う。腰が入っていない、だの、足がひょろついている、だのさんざん怒鳴られながらも働いていると、半刻ほどしてやっと豆太が戻ってきた。
「遅かったじゃないですか……!」
 汗だくになった雀丸はその場にへたり込んだ。
「見つからんさかい、捨ててしもたか、とあちこち探してましたんや。ようやく見つけました。これでおます」
 手渡された手紙を広げ、中身に目を走らせているうちに、雀丸は疲労を忘れてしまった。そこにはとんでもないことが書かれていたのだ。
「園さん、これはたいへんです」
「どういうことですか」
「私たちは間違っていました」
 雀丸は呆然(ぼうぜん)とした顔で言った。手紙を持つ手が震えている。
「家に戻りましょう。すぐにこれからどうしたらいいか策を練らないと……」
 豆太が、
「なにが書いとりましたのや? 姉さんのことだすか?」
「豆太さん……お金を稼いで一家を立て直すのもいいですけど、すぐに鬼御前さんのところに行かないと取り返しがつかないことになるかもしれませんよ」
「どどどういうことだす?」
 差配役が近づいてきて、
「こらあ、そこ、またや! ええ加減にせえよ。親方に言うてほんまにクビにしてまうぞ!」
「じゃかあしい!」
 豆太が吠(ほ)えた。
「姉さんの一大事なんじゃ。こんな仕事、こっちから辞めたるわい! ――さ、雀さん、行きまひょ」
 そう言うと、豆太は先に立って歩き出した。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

Back number