よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka


 竹光屋に戻ってくると、蟇五郎が上がり框(がまち)に呆(ほう)けたような顔つきで座っていた。隣には大尊和尚と夢八もいる。
「あかん……あかんわ、雀さん」
 蟇五郎は雀丸の顔を見るなりそう言った。
「美松屋さんには会えたのですか」
 蟇五郎はかぶりを振り、
「だれもおらなんだ……」
「えっ」
「あれだけでかい店やのに、猫の子一匹おらん。近所のもんにきいてみたら、三日まえの夜中に主(あるじ)も番頭もどこかに行ってしもたらしい」
 東町奉行たちがいなくなった日である。
「手代や丁稚(でっち)さんは……?」
「請け人が呼ばれて、皆それぞれ引き取られたそうや。つぎの奉公先はちゃんと用意してあったらしい」
 かなりまえから周到に準備されていたのだろう。
「これでは美松屋から銭はもらえん。なにもかもパーや。――雀さん、あんたはどこ行っとったんや」
「豆太さんを探しに安治川へ。――鬼御前さんのお兄さんが書いた手紙を豆太さんが預かっていたのです」
 後ろから豆太がへこへこ頭を下げて、
「すんまへん……わてのせいだすわ」
「火事があったんだからしかたありません。ですが……たいへんなことがわかりました」
 雀丸は手紙を取り出した。
「私たちは、夢八さんが町奉行所の天井裏で聞いた『城の火薬庫に火を放ち、大爆発を起こす。その混乱に乗じて武器を持って突入し、豊臣(とよとみ)家の財宝を奪うのだ。そして、その城に立て籠もり、押し寄せる公儀の軍勢を食い止め、大塩殿が戻ってこられるのを待つのだ』……という言葉を勘違いしていたのです。やつらが言ってる『城』というのは大坂城ではありません」
 夢八が不審げに、
「ほな、どこや」
「駿府城です」
 一同は啞然(あぜん)とした。
「でも、勘違いしたのも無理はありません。大塩といえば大坂、と考えるのがあたりまえですし、いちばん近いところにあるお城といえば大坂城です。それに、『豊臣家の財宝』という言葉にも惑わされました。大坂城は徳川(とくがわ)のものではなく太閤秀吉(たいこうひでよし)の城だ、と私たちはなんとなくそう思っています。まことは豊臣家が作った大坂城はすでになく、今あるのは徳川家が作りなおしたものなのですが……」
 夢八が、
「そうか……。今の大坂城に豊臣家の財宝なんぞあるわけない……」
「そういうことです」
 大尊和尚が、
「そう言えば、大坂夏の陣のあと、金の大判千枚を家康(いえやす)公が召し上げた、という話を聞いたことがあるわい。その後どうなったかは知らぬ。江戸に持っていったのだとばかり思うておったが……」
 雀丸が、
「当時、家康公は大御所として江戸城ではなく駿府城に隠居していたわけですから、豊臣家の財宝がそこにあっても不思議はありません」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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