よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

 駿府は、東海道の要ともいうべき場所である。そこで徳川家は駿府を天領として、駿府城代を置き、城の警固に当たらせた。また、城代を補佐する駿府定番、駿府勤番なども置かれるなど、公儀は駿府の意義を強く認識していた。城内には大量の武器、火薬が収納され、駿府御武具奉行がそれらを管理した。また、駿府には神君(しんくん)徳川家康を祀(まつ)る久能山(くのうざん)があり、そのことも当地の重要性を高めていた。
「てっきりわたいは城ゆうたら大坂城のことやと……ああ、もうちょっとよう考えたらよかった」
 夢八はうなだれた。大尊和尚が、
「大坂城で手ぐすね引いて待っていたとて、だれも来ぬはずじゃ。駿府に行ったのじゃからな」
「はい。石田長門守は以前、駿府町奉行だったことがあるので土地勘もあるはずです。――では、武田新之丞さんから鬼御前さんへの手紙を今から読み上げますから、よく聞いていてください」
 手紙にはつぎのようなことが書かれていた。
 武田新之丞は駿府城代の配下である。彼はあるとき、城内でひそかに陰謀が進行していることに気づいた。酔っ払った同僚がうっかりしゃべったのだ。武田は、皐月親兵衛と同様に、仲間になりたいという素振りを見せて聞き出したところによると、それは大塩平八郎(へいはちろう)の残党三百人が駿府城を乗っ取る、という信じがたい企てだった。夢八が天井裏で聞いた話のとおり、城の火薬庫に火を放って大混乱を引き起こし、その騒ぎに乗じて城内に雪崩(なだ)れ込む。城内には内通者が多数おり、共謀して城代たちを銃で脅して監禁し、城を制圧する。使用する大量の武器、弾薬類は瀬戸物に偽装して、大坂から千石船(せんごくぶね)五艘で運び入れる……。
「ああ……」
 地雷屋蟇五郎が天を仰いだ。
「船手(ふなて)奉行の調べがあったときにごまかすため、うえのほうの俵には瀬戸物を詰めてあるみたいです。ぬかりがないですね」
 そう言うと雀丸は先を続けた。
「城内の蔵にあるはずの豊臣家の財宝もわがものとします。全国から浪人を雇い、武器を買う資金にするためです。城代たちを人質にして籠城し、大塩平八郎の戻りを待ちます」
「大塩の偽者、ゆうことだすか」
 夢八がきくと、
「いえ……この手紙には、大塩は生きている、と書かれています。大坂で爆死したのは身代わりの門人で、まことの大塩はある場所に逃れて生存していたのだと……」
 大尊和尚が、
「大塩が死んでおらざれば、今、六十ぐらいだ。もう一度乱を起こすに十分な歳(とし)ということになる」
「その大塩が戻ってくる、というのです。大塩は駿府城に入って皆の頭目となり、日本中の大名に檄(げき)を飛ばします……」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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