よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

 すると、蟇五郎が言った。
「いや……でけるかもしれん。じつは……わしも近頃伝書鳩を飼いはじめたのや。もちろん夢八どんが使うとるのを見て、これはいける、と思うたからやが、わしがほんまにやりたかったのは、出先の船に知らせたいことがあるときに鳩を飛ばせんか、ということやった。廻船(かいせん)問屋として、そういう場面が年に何度もあるのや」
 伝書鳩は「巣」に帰る。ならば、船に巣を積み込み、数日後に鳩を飛ばせば、鳩はその船に向かって飛んでいくのではないか……というのが蟇五郎の考えだった。雀丸が、
「うーん……鳩にとっては一度も行ったことのない場所に行くわけでしょう? 無理だと思いますけど……。やってみたんですか?」
「町内とか、店と安治川に浮かべた船のあいだとかでやってみたときはうまいこといったのやで。けど、それより遠いへだたりではまだ試したことはない」
「紀州灘に出てしまってるような船に鳩がたどりつくでしょうか……」
 雀丸が言うと夢八が、
「いや、案外うまいこといくかもわからん。とにかくやってみまひょ」
 雀丸が、
「船頭さんたちになにを知らせるつもりですか。大坂に引き返せ、とか……」
「いや……わしが恐れとるのは、大塩一味が船を仕立てて海のうえで積荷をむりやり奪おうとするのやないか、ちゅうことや。清水港に着いたら、土地の役人の積荷調べがあるさかい、それを避けるためにさきに小船何艘かに積み替えてしまお……と思うとるかもしれん。そないなったらおしまいや」
「でも、地雷屋さんの船は大勢乗ってるんでしょう?」
「うちの船にはそれぞれ船頭、楫取(かじとり)、賄(まかない)、船親父ひとりずつに、水夫(かこ)八人が乗っとるが……船乗りなんぞ荒っぽいやつらばかりやと思うとるかもしれんけど、うちの連中はおとなしゅうて喧嘩(けんか)慣れしとらん。刀や鉄砲持って襲われたらひとたまりもないやろ。そうなるまえになんとかせんとあかん」
「それに、鳩の足にくくれるぐらいの小さな紙には、あまりあれこれ指図はできませんよね」
「そういうこっちゃ……」
 蟇五郎はしばらく考えていたが、
「よっしゃ、わかった」
 そのあと蟇五郎が口にした言葉に、居合わせたものたちは驚愕(きょうがく)した。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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