よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

 夢八が、
「烏瓜先生はまだ留守だしたわ。どこに行っとりますのやろなあ、この肝心なときに……」
 雀丸には烏瓜諒太郎の行き先がなんとなくわかったような気がした。
「あと、園さんにもきいてみたんやけど、皐月さんのことが心配やさかい残るそうだす。豆太はんも一家建て直しのために沖仲仕を続けるとか……」
「となると五人、ということですね。ははは……つらいなあ……」
 そこへぱたぱたという足音が聞こえ、
「うわーっ、お父ちゃんの言うてたとおりや!」
 騒々しい声をあげて入ってきたのは鴻池善右衛門の娘さきだった。なんと旅支度をしている。
「お父ちゃんから、雀さんが大坂城代と話しできるようだんどりしたけど、たぶん断られるやろから、雀さんたちは駿府に行くことになるやろな……て聞いてきたんや。うちも行く。ええやろ。ご隠居さんの話し相手になったげるわ」
「善右衛門さんの許しは受けてるんですか」
「そこに手抜かりはない。気ぃつけて行っといで、やて」
 雀丸はため息をつくと、一同を見渡して、
「では旅立ちますが、今度の旅はかなり危ないことが待ち受けていそうです。縁起でもない言い方になりますが、皆さん、なにか心残りはありませんか。あるなら、それを果たしてから行きましょう」
「ある」
 即答したのは、加似江だった。
「なんでしょう、お祖母さま」
「心残りといえば、あの屯次郎(とんじろう)のメリケン料理じゃ」
「ああ……そう言えば……」
「あの時は満席で食えなんだ。あれを食ろうてから駿府に出かけようではないか」
「なるほど……」
 雀丸がメリケン料理のことを一同に説明すると、それがよかろう、ということになった。
「では、みんなでメリケン料理を食べて景気をつけてから、旅立ちましょう」
 というわけで、一行はすぐ近所にある屯次郎の店「アンメリ軒(けん)」に繰り出した。まだ、あれから数日しか経(た)っていないのに、店のまえの行列もなく、店のなかも閑散としていた。
「屯次郎さん、六人ですが入れますか?」
 店主の屯次郎は悲しげに笑い、
「見てのとおりや。なんぼでも入れるで」
 入れ込みに座った雀丸たちに、屯次郎は一枚の紙を渡した。「めにいう」と書かれている。
「目に言う、というのはなんですか」
「目に言う、やない。めにゅうや。品書きゆうことやな」
「どれが美味(おい)しいですか」
「どれ、て言われても……そやなあ、どれもこれも美味(うま)いでえ。わてが腕によりをかけるのやから。けど……まずはソウプを飲んで……」
「ソウプとはなにかや?」
 加似江がたずねた。
「まあ、味噌汁(みそしる)みたいなもんやな」
「なんじゃ、味噌汁か」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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