よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「つぎはハムかソウセイジン、グルルドッチンあたりを食べてもろて……」
 雀丸が、
「グルル……目が回りそうな名前ですね」
「メリケンの焼き物料理はたいがいグルルやねん。牛の焼いたのがグルルドベーフ、焼き魚がグルルドヒッス、ほんで鶏を焼いたんがグルルドッチンや」
「じゃあ私はそのドッチンにします」
「あとはパン……これもわからんやろな。うどん粉で作った柔(や)らかい煎餅(せんべい)みたいなもんや。これを飯替わりに食べてもらう……ゆうのはどやろ」
「なんだかわからないので、それでお願いします」
 雀丸が言うと、
「あ、そや。最後にカステイランゆう南蛮菓子で締めてもらおか。それが、ベザートゆうてメリケン風なんや」
「カステラなら長崎で食したぞよ」
 加似江が言った。屯次郎はびくっとして、
「おばん、カステイラン食べたことあるんか」
「だれがおばんじゃ。ご隠居さまと言わんかい」
「いやあ……それはちょっと……ヤバいなあ……」
「なんぞ言うたか」
「い、いや、なんでもない。ほな、作らせてもらうわ。そのあいだ、メリケン風の酒でもどや」
 加似江が手を打って、
「もらお。メリケン風の酒とは楽しみじゃ。なんという名の酒かや」
「え、えーと……ワインや」
 雀丸が、
「ワインなら私も長崎で飲みました。美味しいですね」
「あ、そう……」
 なぜか屯次郎は困ったような顔つきになり、
「そう言えばワインは切らしてたわ。すまん、また今度にしてくれ。今日のところは酒なしで……」
 加似江が入れ込みの板を平手で叩き、
「たわけ! ワインがなくとも、なにかあるであろう。なんでもよいからメリケンの酒を持って参れ!」
「わ、わかったさかい、そないに怒りな。たぶんオイスキイがあったはずや……」
 奥に引っ込んだあと屯次郎はすぐに戻ってきて、人数分のギヤマンの湯呑(ゆの)み茶碗(ぢゃわん)に徳利から赤い液体を注いだ。
「湯呑み、高いさかい大事に扱(あつこ)うてや。割ったら償(まど)うてもらうで」
 そして、逃げるように板場へと戻っていった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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