よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「なんや、腹がだぶついてきますなあ」
 夢八が言うと蟇五郎もむっつりとした顔で、
「ううむ……わしが間違(まちご)うとるのかもしれんが、味噌汁のほうがずっとええわ」
 雀丸がうなずいたとき、
「お待ち遠さま。グルルドッチンや。焼き立ての熱々やでえ」
 屯次郎が持ってきたものは、真っ黒焦げのなんだかわからない代物だった。
「屯次郎、焦げておるではないか!」
 加似江がさっそく嚙(か)みついたが、
「これはこういうものなんや。ホオクとナイフで切って食べとくなはれ」
 皆は慣れぬ手つきでホオクとナイフを操った。夢八が、
「わたい、まえに寺で見た地獄図絵のなかの牛頭馬頭(ごずめず)がこんなん持ってたわ」
 加似江が、
「屯次郎、なかは生焼けではないか!」
「これはこういうもんなんや」
「うううう……」
 加似江は血が滴っている鶏肉(とりにく)を気味悪そうに眺めていたが、意を決して口に放り込んだ。途端、
「まずっ!」
 と叫んで吐き出した。雀丸も食べてみたが、焦げた炭の味しかしなかったし、食感はぐちゃぐちゃでなんとも気味悪い。しかも生臭く、とても飲み込めた代物ではなかった。そのうえ変な臭(にお)いがする。
「なんじゃこれは!」
 加似江に続いて夢八や蟇五郎も吠えた。大尊が、
「禅門では食べ物を粗末にするな、と厳しく躾(しつ)けられるゆえ、わしもたいがいの粗食には慣れたが、こればかりは喉を通らぬ」
 屯次郎が揉(も)み手をして、
「メリケン風料理だすけど、なにか?」
「どあほっ! おのれはわしらを馬鹿舌やと思てあなどっとるみたいやが、おまえがこれ、食うてみい!」
 蟇五郎がホオクに突き刺した黒焦げで生焼けの鶏肉を屯次郎に差し出すと、
「わ、わてが食べるんだすか……」
「そや。おのれの口で味おうてみい!」
 屯次郎はじっとその肉片を見つめていたが、やがて口を開けた。しかし、臭さに辟易(へきえき)したのか鼻をつまんだかと思うと、突然がばとその場にひれ伏し、
「すんまへん! わてには食べられまへんわ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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