よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

 加似江が平家蟹(へいけがに)のような顔でにらみつけ、
「おまえさん、以前の『屯々(とんとん)』とかいう居酒屋をやっておったときと板前としての腕は変わらぬのう。あのころもとても食えた代物ではなかったが、いまだにこれでは……情けないとは思わぬのか。長崎のカピタン付料理人にでも習(なろ)うたのであろうが、付け焼刃はすぐ剥がれるぞよ」
「へえ……それがその……だれにも習うたわけではおまへんのや」
 雀丸はさすがに呆れた。
「ということは自己流ですか?」
「自己流ゆうか適当にそれらしい雰囲気にしたらええんちゃうかな……と思て……」
 一同の口から同時にため息が漏れた。夢八が、
「ほな、あのオイスキイも……」
「お酒に赤い顔料を混ぜましたんや」
 夢八は、べえ……と舌を出した。それはまだ赤く染まっていた。さきが、
「ほな、ソウプも……」
「白湯に塩を入れただけだす」
 道理で腹がだぶついたはずである。雀丸が、
「じゃあ、このグルルドッチンも……」
「鶏とか牛とか豚はさばいたことおまへんし、仕入れもでけまへんさかい、大川沿いにおるカラスを捕まえて……けど、焼いたことないから焦がしてしもたんだす」
「カラスか……。臭いはずだ」
 さきが目を吊(つ)り上げて、
「そんなメリケン料理あるかい!」
「せやさかいメリケン料理やのうてメリケン風料理と言うとりますのや。この芸の細かいところを見てもらわんと……」
 加似江が、
「おまえさんがそんな心構えじゃによって、客も来んようになるのじゃ」
「へい……はじめは物珍しさで来てくれた客もあっというまにおらんようになりました。やっぱりちゃんと修業せなあきまへんなあ……」
「あったりまえじゃ、この馬鹿ものがっ!」
 加似江は屯次郎の頭をはたくと立ち上がり、
「おまえさんのおかげで大坂での心残りが消えたわい。ああ、せいせいした。これで心置きなく駿府へ旅立てるというものじゃ」
「ほな、わての料理がお役にたった、いうことだすか」
「どアホ! おまえは黙っておれ!」
 加似江はふたたび屯次郎の頭をはたいた。こうして六人は大坂をあとにしたのである。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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