よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「その紙になにが書いとりましたんや」
 紺八は大きく息を吸うと、
「船を……沈める」
「ええええっ? そ、そんなアホな……」
「マジや。すぐに沈めろ、と書いてある」
「五艘ともだすか」
「そや」
「なんぞの間違いやおまへんやろか」
「いや……旦さんとわしのあいだで、いざというときのやり方ゆうのを決めてある。この手紙は旦さんの字やし、指図の書きようもわしとの決め事のとおりや。理由(わけ)はわからんけど、こういうときは迷うたらあかん。わしは旦さんを信じる」
「わかりました……」
 猪彦はごくりと唾を飲んだ。
「手紙には、もし美松屋のやつらが海のうえで荷を渡してくれ、と言うてきても従うな、そうなるまえに沈めてくれ、とある。わしの考えではあの船がそうとちがうか、と思うのや」
 紺八は次第に近づいてくる船を指差した。
「小舟を全部降ろして、皆、乗り移れ。わしは船底を抜いてから最後に乗る」
「へ、へえ……。けど……」
「けど、なんや?」
「こんな沖合いで小舟に乗って、無事に陸(おか)までたどりつけますやろか。大きい波が来たらすぐにひっくり返ってしまいまっせ」
「そのときはそのときや。おまえらも船乗りなら覚悟せえ」
「へ……」
 紺八はほかの四艘の船に近づくように合図し、船頭たちに手紙を見せて、蟇五郎の指図を告げた。全員仰天したが、海上で船頭肝煎りの言葉は絶対である。
「わかった。あの旦さんのおっしゃることや。なんぞ意味があるのやろ」
「そやな。ここは紺八どんの言うとおりにするわ」
 そのとき、
「おおい……あんたらは地雷屋はんの船かあ」
 家紋を掲げていない船から声が聞こえた。
「わしらは駿府の瀬戸物屋から来たもんや。都合があって、その積み荷、こっちへもらうわ。船、横付けさせてくれ」
「そんな話は聞いとらん」
 紺八が大声で言い返した。
「わしは、清水の港に運び入れるよう指図受け取るのや。勝手に変えられん」
 そういうやりとりのあいだにも、猪彦たちは見えないように小舟を海面に降ろし、つぎつぎと乗り込んでいる。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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