よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「だんどりが変わったのや。これは地雷屋はんからの指図やぞ」
「わしは旦さんから直に聞いたのや。どこのだれともわからんもんから、積み荷を渡せ、て言われて、はいそうだすか、と渡すようで廻船問屋の船頭肝煎りが務まるかい!」
「ほな、地雷屋はんからの書き付け見せるさかい、そっちに移らせてくれ」
「あかんあかん。積み荷は清水で渡す。そういう決まりや。書き付けがあろうとそんな指図には従えん」
 ようやく向こうの船の様子が見えるまでに近づいた。さっきから話しているのは上半身裸で真っ赤に日焼けした大男だ。髭面(ひげづら)で、九紋竜(くもんりゅう)の刺青(いれずみ)をしており、とても瀬戸物屋とは思えない。どちらかというと海賊か野武士に近い。その船に乗っている連中はほかも全員、屈強な荒くれものばかりである。
「おい、船頭。わしらがおとなしゅうしとるうちに荷を渡したほうが身のためやで」
「なんやと?」
 男は船縁(ふなべり)に隠してあった刀を抜いた。ほかのものも一斉に抜刀した。紺八は正面を向いたまま猪彦に、
「皆移ったか?」
「へ、へえ。あとはわてと紺八どんだけだす」
「よっしゃ。――行け」
「へ……」
 紺八は、
「やっぱりおまえら海賊やったんか。家紋がないさかいおかしいと思とったら案の定や。積み荷は渡せん。去(い)ね」
「海賊やない。もともとこういうだんどりやったんじゃ。このまま清水に入ったら港役人の荷検めがある。それは困るのや」
「瀬戸物調べられてなにが困るねん」
「それはおまえは知らんでええ」
 男たちは船を紺八の船にぶち当ててきた。水しぶきが高々と上がり、ずどん! と船が大きく揺れた瞬間、紺八はその揺れを利用して船底へ飛び降りた。
「なんじゃい、隠れたかてあかんぞ」
 九紋竜の刺青をした男がこちらに移ってきたのをたしかめ、紺八は船底の「臍(へそ)」と呼ばれるところを斧(おの)で叩き壊した。これは、蟇五郎が考え出した工夫で、なんらかの事情で船を即座に沈めなければならないとき、ここさえ壊せばあっという間に沈没する。このことは船頭だけにしか知らされていなかった。
「おい、なにをしとるのや」
 男は、紺八の様子がおかしいことに気づいて声をかけたが、時すでに遅し、船底からは海水が噴水のように噴き出している。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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